第9話:宗谷開拓ベンチャー、始動。――「山・海・工・賄」の四部体制――
樺太の資源、ロシアの脅威。
最果てで生き残るため、勘太は自らの「ナワバリ」構築を急ぐ。
提示されたのは、役割を分かつ「四部体制」。
そして、忠誠を誓う者だけに与えられる「特権の味」だった。
勘太による「仕分け」が、ここから始まります。
宝暦十年(一七六〇年)(初春) 蝦夷地・宗谷
雪解けの音が、宗谷の冷たい空気の中に響いている。
入り江の隠れ家――かつてのボロ小屋は、
今や断熱材を仕込み、規律と清潔を重んじる俺たちの「城」へと変わっていた。
だが、その一角に鎮座するロシアの黒い木箱が、俺の心に暗い影を落としている。
(……猶予はあまりないかもしれん。
この中にある日誌の地図、そして樺太の資源図。
あの連中がこの地の『値打ち』に本気で気づけば、厄介なことになる。
幕府の沙汰を待っているうちに、足元をすくわれるかもしれない。
生き残るには、ここを誰も手出しできない『俺たちのナワバリ』にするしかない
『天明の飢饉』より先に来るかもな......)
俺は、五歳の短い腕を組み、焚き火の前で四人の仲間を見据えた。
現場リーダーの鉄太は、冬の間に作り溜めた「カニの固形保存食」を前歯でバリバリと砕いている。
その横では、慎重派の三吉が火の粉を避けながら、俺の顔色を伺うようにボソボソと呟いた。
残りの二名も、俺が教えた「手洗い」と「うがい」を済ませ、次の指示を待っている。
「いいか、野郎ども。これから仲間を増やす。
だが、おままごとの相手じゃない。俺の言うことを聞いて、働ける連中だ」
鉄太が、カニの欠片を飲み込み、不敵に笑う。
「……また妙なことを言い出したな。仲間の数は、今でも足りてるじゃねぇか」
俺は床に描いた組織図を示す。
「足りないんだ。
春からは、仕事を四つに分ける。
ひとつ。
雪解け直後の山菜――ハマボウフウや野草、
それにシラカバの樹液を集める。
『山方』。
ふたつ。
昆布などの海藻を拾い、
流木を確保し、
カニを調達する。
『海方』。
みっつ。
カニの保存食を工夫し、
煮炊きと貯蔵のための陶器(土器)を作る。
『工夫方』。
そして――
全員の飯を整え、
体調を見張る。
『賄方』だ。
……今の人数じゃ、全然足りない。」
「だから、まずは頭数をそろえる。鉄太、三吉。お前ら四人で村へ行け。
今日食べるものがなくて泣いてるような、ハラを空かせてるガキを連れてこい」
「……死にかけを集めてどうすんだよ。あいつら、すぐ動けなくなるぜ」
「死にたくないからこそ、必死に動くんだよ。
鉄太、そいつらにこう言うんだ。
『俺の言うことを聞け。そうすれば、飯をいっぱい食わせてやる』
ってな」
俺には確信がある。
この最果ての地、米すら獲れない宗谷において、最強の「通貨」は銭ではない。
それは「満腹感」という、魂の安らぎだ。
「いいか。連れてきた奴らに、俺たちが冬の間に命がけで作った、
あのカニの保存食を溶かした汁を、飲ませてやる。
一度でも『腹が満たされる幸せ』を知った奴は、
そう簡単に離れられなくなる。」
「……一度食わせれば、裏切れない、か。
相変わらずエグいな、勘太」
鉄太が少しだけ身を引いた。
だが、俺は知っている。
彼自身もまた、俺が与えた「暖かさ」と「食糧」という鎖に、
心地よく繋がれている一人であることを。
「ああ。だが、お前ら四人にはもっと『いいもの』をやる。
春の、特別なご馳走だ」
俺は、隠し持っていた「期間限定の甘味」の試作品を、
鉄太、三吉、そして残る二人。
俺は四人を見回し、隠し持っていた「期間限定の甘味」の試作品を鼻先にちらつかせた。
掌に転がしたのは、琥珀色の小さな塊。
シラカバの樹液だ。
煮詰めたり、
夜に凍らせてみたり、
そんなことを何日か繰り返していたら――
いつの間にか、こうなった。
飴、と呼んでいいのかは分からない。
少し濁っていて、
ほんのり木の匂いがする。
俺は石でそれを小さく砕き、四つに分けた。
鉄太が指先で欠片を砕き、舐める。
「……甘ぇ」
三吉も、無言で口に入れる。
残る二人も、顔を見合わせ、恐る恐る続いた。
強くはない。
だが、確かに甘い。
四人の喉が、ごくりと鳴った。
俺は頷いた。
「そうだ。功労者には、ただの飯じゃない『特権』を与える。
働いた者だけが、味わえる。
人手が増えれば、これよりもっと美味いもんも食えるようになる。」
甘味は量より記憶だ。
一度知れば、戻れない。
「……さあ、奴らを連れてこい」
鉄太の目が、野生の獣のようにギラリと光る。
三吉も、静かに、しかし力強く頷いた。
四人は残った欠片を舌で探るように味わい尽くし、
弾かれたように小屋を飛び出していった。
静かになった隠れ家で、俺は一人、焚き火を見つめる。
まずは腹を満たす。
次に、役目を与える。
そして少しずつ――選ばれた者だけに、上を見せる。
床に描いた「組織図」を、五歳の小さな足で踏み消す。
(今は甘味で釣るだけだ。
だが、力は集められる。
集めた力は、いずれ使える)
春の風が吹き込む。
雪解けの湿った匂いの奥に、まだ誰も気づかない熱がある。
ご一読ありがとうございました。
初期メンバーを使い、ついに「数」を集めに向かいます。
押し寄せる飢えた者たち。五歳児による冷徹な「仕分け」が始まります。
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