第84話 改ざん未遂
異常は、深夜に検知された。
「……署名結晶の同期ずれ?」
ノアが眉を寄せる。
履歴網の中核、連結演算装置に微細な遅延。
通常なら誤差の範囲。
だが今回は違った。
「ベルド商会のスコア変動が、不自然です」
カイルが端末を示す。
直前まで七十二だった信用スコアが、突如七十八に上昇。
「履行履歴の追加記録は?」
「存在しません」
室内が静まり返る。
「……改ざん?」
その言葉は、重い。
履歴網は改ざん不能が前提。
そこが揺らげば、すべてが崩れる。
「アクセスログ確認」
ノアが操作する。
内部認証経由。
正規権限。
「内部からです」
カイルが低く言う。
背筋が冷える。
数分後、特定の監査補助端末に痕跡。
使用者名――
「……ミリア=カルダ」
室内がざわつく。
元自由圏関係者。
現在は履歴網補助解析担当。
「呼び出します」
数分後、ミリアが入室する。
表情は落ち着いている。
「改ざんを試みましたか」
カイルが直球で問う。
彼女は一瞬だけ目を伏せた。
「……はい」
空気が凍る。
「理由は」
「テストです」
即答。
「履歴網は完全ではない」
「弱点を示したかった」
ノアが怒りを滲ませる。
「内部から穴を作ることがテストか」
「外部から攻撃される前に、内部で検証するべきです」
彼女の声は震えていない。
私は静かに問う。
「自由圏の指示ですか」
「違います」
即答。
「私は港の人間です」
沈黙。
「改ざんは成功していません」
ノアが言う。
「署名結晶の二重照合で弾かれた」
つまり未遂。
「なぜ正規権限が使えた」
カイルが問う。
「補助解析権限で、スコア再計算に干渉可能だった」
設計上の穴。
完全な悪意でなくとも、利用可能。
私は深く息を吸う。
「ミリア、あなたは正しい」
室内がざわつく。
「履歴網は完璧ではない」
「だが手段は誤りだ」
彼女は黙る。
「処分は」
カイルが問う。
私は数秒考える。
「停職一か月」
「そして再設計チームへ」
驚きの視線。
「内部から攻撃できる者は、内部を強化できる」
ミリアがゆっくりと顔を上げる。
「……信じるのですか」
「信じません」
私ははっきり言う。
「監視します」
セリーナが小さく頷く。
夜。
自由圏の速報が流れる。
《履歴網に不正疑惑》
情報はどこから漏れたのか。
市場がざわめく。
私は理解する。
履歴網は思想兵器。
だからこそ、攻撃される。
だが。
改ざんは失敗した。
透明性は揺らいだが、崩れてはいない。
私は窓の外を見る。
灯りはまだ消えていない。
履歴網は、初めて“攻撃”を受けた。
そして生き残った。
戦いは、さらに深くなる。
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