表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄? ご自由に。条約違反の責任は国家でどうぞ ~婚約破棄された令嬢、契約で世界を制圧する〜  作者: 白石アリア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/33

第8話 応急処置

 王都の朝は、忙しなく始まった。

 普段より早く開く市場、慌ただしく走る役人、張り替えられる掲示板。そこに書かれた文字はどれも似通っている――臨時、特例、一時的。


 それらは人々を安心させるための言葉だ。

 だが、安心とは多くの場合、「考える時間を先延ばしにする」ための道具でもある。


「穀物は確保できました!」


 財務省の一室で、若い官吏が声を張り上げた。


「東方の商会から、通常の三倍の価格ですが……必要量は押さえています!」


 その報告に、部屋の空気がわずかに緩む。

 財務官は深く息を吐き、宰相と視線を交わした。


「……背に腹は代えられん。市場への放出を急げ。買い占めが起きる前にだ」


「はい!」


 数字は痛ましい。

 だが、数字があるということは、“対処できている”という錯覚を与える。


 同時刻、王宮の別の部屋では、王太子レオンハルトが鎧を身につけていた。

 華美な式典用ではない、実戦を意識した軽装だ。


「殿下、本当に視察へ?」


 側近が、やや不安げに尋ねる。


「当然だ」


 王太子は胸を張る。


「傭兵が抜けたなら、王族が前に立つべきだろう。民に不安を与えるわけにはいかない」


 その言葉は、正しい。

 少なくとも、聞こえは。


 城門の外では、徴兵されたばかりの若者たちが整列していた。

 鎧はまだ新しく、手足の動きはぎこちない。


「諸君!」


 王太子の声が響く。


「今、国は試されている。だが恐れることはない。我々には、守る力がある!」


 若者たちは歓声を上げる。

 歓声は、恐怖を覆い隠す。恐怖を感じないわけではない。ただ、声を上げている間は、考えずに済む。


 王都の中央通りでは、穀物袋が荷車から降ろされ、市場に積まれていった。

 人々が集まり、ざわめく。


「本当に来たぞ」

「値段は……高いが、あるだけマシだ」


 商人たちは、慎重に様子を見ている。

 売れる。だが、急ぎすぎない。次の入荷が保証されていないことを、彼らは知っている。


 宰相は、王宮の高窓からその光景を見下ろしていた。


「……落ち着いているように見えますな」


 背後で、老官僚が言う。


「ええ」


 宰相は頷く。


「“今のところは”」


 その言葉に、老官僚は苦く笑った。


「応急処置とは、よく言ったものです。血は止まったように見えるが……傷は塞がっていない」


 宰相は答えなかった。

 答えは同じだからだ。


 昼過ぎ、王太子は視察を終えて戻ってきた。

 顔には達成感が浮かんでいる。


「民の士気は高い。問題ない」


 その報告に、国王陛下は小さく頷いた。


「そうか……」


 その声には、わずかな安堵が滲んでいた。

 それを否定できる者は、ここにはいない。


 マリアは、控えめに微笑む。


「よかった……」


 彼女にとって、それで十分だった。

 今日一日が、無事に終わるなら。


 だが、誰も見ていない場所で、別の数字が積み上がっている。

 国庫から流れ出る金。

 延命のために積み重ねられる、将来の負債。


 王国は、確かに持ち直したように見えた。

 少なくとも、表面上は。


 だが応急処置とは、本来――

 “これ以上動かせない”ことを前提に施すものだ。


 国は、まだ動いている。

 そして誰も、その代償を正確には数えていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ