第73話 欠陥
履歴網の初期試験は、夜間に行われた。
対象は小規模商会三社。
契約数は限定。
外部には非公開。
「連結開始」
ノアの声がわずかに震える。
結晶記録装置が淡く光る。
契約履歴が順に書き込まれていく。
遅延履歴。
履行成功。
再契約率。
数値が整然と並ぶ。
「連結完了」
室内に、安堵の空気が流れる。
「改ざん検証」
別系統の装置でチェックをかける。
数秒。
沈黙。
「……一致率九十七%」
ノアが顔を上げる。
「三%の不整合?」
カイルが眉をひそめる。
「再検証」
もう一度。
同じ結果。
私は画面を凝視する。
「どこだ」
ノアの指が履歴の一部を拡大する。
「過去契約の再保険履歴が、連結から漏れている」
「なぜ」
「国家別記録体系と、契約単位体系の形式が異なる」
沈黙。
つまり。
過去の契約履歴が完全に統合できない。
国家単位の記録に依存していた部分が、変換不能。
「……履歴が欠ける」
カイルの声が低い。
「欠けた履歴で信用スコアは出せない」
ノアの顔が青ざめる。
「設計段階で想定していませんでした」
「国家単位の履歴構造が、ここまで深く組み込まれているとは……」
室内の空気が冷える。
履歴網は、国家を超える構造のはずだった。
だが実際には、
国家の記録体系に依存している。
「修正可能か」
私は問う。
「可能ですが」
ノアは唇を噛む。
「再設計が必要です」
「時間は」
「最短で数週間」
数週間。
市場は待たない。
夕刻。
自由圏の速報が流れる。
《大型契約、即日成立》
利率は高い。
資金が動く。
港は試験で止まっている。
夜。
ノアが一人、装置の前に立っている。
「……私の責任です」
「違います」
私は静かに言う。
「設計は正しい」
「穴がありました」
「穴は見つけるためにある」
彼は俯く。
「国家の記録体系を切り離さなければ、履歴網は成立しない」
私は、ゆっくりと理解する。
履歴網は単なる技術ではない。
国家記録との決別。
それは、
想像以上に深い構造改革だ。
扉が開く。
セリーナが入ってくる。
「欠陥ですね」
「ええ」
「予想していました」
私は彼女を見る。
「国家単位の記録は、想像以上に根を張っている」
彼女は淡々と続ける。
「国家を超えると言った」
「はい」
「だが港は、まだ国家に埋まっている」
痛い指摘。
私は窓の外を見る。
灯りは揺れている。
履歴網は未完成。
内部は動揺。
市場は自由圏へ流れる。
だが。
欠陥は敗北ではない。
構造の深さを知っただけだ。
私は、ゆっくりと決意する。
国家の影を、完全に切り離す。
履歴網は、そのための刃だ。
そして次は――
失敗では終わらせない。
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