第72話 港の反乱
履歴網構想が内部に正式共有されたのは、翌日の朝だった。
説明会は満席だったが、空気は熱ではなく、硬さに満ちていた。
「保証基金は回復途上です」
カイルが現状を説明する。
「その状態で大規模投資は――」
言い終わる前に、後方から声が上がった。
「無理だ」
ベテラン職員、グレインだった。
「港はまだ立て直しの最中だ。なぜ今、賭けに出る」
「賭けではありません」
ノアが反射的に言う。
「構造転換です」
「理論だろう」
冷たい返答。
「商会は利益を求める。透明性では腹は膨れない」
ざわめきが広がる。
「自由圏は利益を出している」
「港は制限ばかりだ」
「凍結権まである」
言葉が刺さる。
私は前に出た。
「履歴網は、監視ではありません」
「なら何だ」
「責任の可視化です」
沈黙。
「自由圏は即時性を売っている」
「港は透明性を売る」
「売れる保証は?」
誰も答えられない。
その時、別の声。
「辞めます」
若い記録官だった。
「港は理想を追いすぎる」
「市場はもう動いている」
彼は辞表を机に置く。
静まり返る室内。
私は止めなかった。
強制はしない。
だが、その姿は確実に士気を削る。
午後。
商会代表から書簡。
《履歴網参加には慎重姿勢》
利益が見えない。
当然だ。
夕刻、カイルが低く言う。
「内部は揺れています」
「ええ」
「今ならまだ撤回できます」
撤回。
その言葉が、重く響く。
「撤回すれば、港は守れます」
「だが自由圏に勝てない」
「勝つ必要がありますか?」
私は、答えられなかった。
勝つのか。
生き延びるのか。
夜。
セリーナが静かに言う。
「反乱は健全です」
「健全?」
「不安が可視化された」
彼女は机の上の辞表を見る。
「黙って去るより、言葉がある方がいい」
私は息を吐く。
「市場も同じです」
彼女は続ける。
「履歴網は、港にとって革命」
「革命は摩擦を生む」
窓の外、港の灯りは揺れている。
保証で支えた時代。
監査で縛った時代。
そして今、透明性で変えようとしている。
だが内部は割れ、
資金は足りず、
商会は様子見。
私は初めて、深く実感する。
履歴網は敵との戦いではない。
港そのものとの戦いだ。
そして私は――
引き返さないと決めている。
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