第71話 資金という現実
宣言の翌朝、港は静まり返っていた。
熱はある。
だが、それは期待ではない。
計算だ。
「概算が出ました」
ノアが震える指で結晶板を差し出す。
分散契約履歴網――
初期構築費。
記録結晶の増設。
連結演算装置。
監査公開回線の拡張。
数字を見た瞬間、私は言葉を失った。
「……基金残高の、五倍」
カイルが低く呟く。
今の港にある余力では、到底足りない。
「段階導入は?」
「可能です」
ノアは必死に続ける。
「だが効果が出るまで時間がかかる」
時間。
それは、今もっとも足りないものだ。
午後、クロイツ監査官ハインリヒが呼び出しに応じる。
「履歴網構築に資金が必要だと聞いた」
「はい」
「出資を求めるのか」
直球だ。
「融資でも構いません」
沈黙。
ハインリヒは静かに条件書を差し出す。
《追加出資と引き換えに、履歴網の監査権共有》
私は一瞬、目を閉じる。
また、国家。
「構築段階から関与する」
「技術情報も共有だ」
カイルが険しい表情を浮かべる。
「港の中核構造です」
「だからこそだ」
ハインリヒは冷静だ。
「国家が支えるなら、国家は知る」
正論。
だが。
私は、ゆっくりと問い返す。
「履歴網は、国家を超える構造です」
「理想だ」
「国家の影が入れば、信頼は揺らぐ」
「資金がなければ構築できない」
沈黙。
逃げ道はない。
夕刻。
内部会議。
「国家資金に頼るなら意味がない」
「だが他に資金源は?」
「商会出資は?」
「利益が見えない段階では難しい」
議論は平行線。
その時、セリーナが口を開く。
「分割出資はどうですか」
視線が集まる。
「主体単位で参加費を取る」
「履歴網に参加する契約主体が出資する」
ノアが息を呑む。
「……信用参加料」
セリーナは頷く。
「国家依存を減らせる」
「だが参加主体は集まるか?」
カイルが問う。
「利益が見えなければ無理だ」
その通りだ。
履歴網はまだ、理論。
夜。
私は一人、港を見下ろす。
灯りはある。
だが数は減った。
自由圏は高利率で商人を引き寄せている。
港は構想を掲げただけ。
レオンから通信が入る。
《構想は美しい》
《だが資金はどこだ》
私は静かに返す。
《探している》
《国家か?》
少しの沈黙。
《国家は便利だ》
《だが縛る》
私は、はっきりと打ち込む。
《履歴網は国家のものではない》
返信はすぐ来た。
《なら市場から取れ》
通信が切れる。
市場から取る。
信用を売る。
透明性を商品にする。
私は、初めて理解する。
履歴網は制度ではない。
**商品**だ。
そして港は今、
保証を売る時代から、
信用を売る時代へ移ろうとしている。
だがその前に――
資金という現実が、立ちはだかる。
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