第7話 誰が悪かったのか
王宮の会議室は、朝の光が差し込んでいるにもかかわらず、薄暗く感じられた。
窓は開けられている。だが、新鮮な空気より先に、昨夜の混乱が入り込んでくる。誰もが眠れていない顔をしていた。
長卓の中央、国王陛下が重く腰を下ろしている。
その右に宰相ベルトラン、左に財務官。少し離れた位置に、レオンハルト王太子殿下と――マリア。
会議は、すでに始まっていた。
「だから言っているだろう!」
王太子殿下の声が、室内に響く。
「彼女が、過剰に反応したんだ! 婚約破棄ごときで、国が揺らぐはずがない!」
財務官が、机に広げた書類を指で叩いた。
「“ごとき”ではありません、殿下。北方穀物の停止で、既に市場価格は二割上昇。王都だけの話ではない」
「一時的なものだ!」
「一時的でも、金は出ていきます」
宰相が、二人の間に割って入る。
「今は責任の所在を争っている場合ではない。まずは対策だ」
その言葉に、王太子殿下が苛立たしげに鼻を鳴らした。
「対策ならある。臨時輸入だ。金なら――」
「殿下」
宰相の声が、低くなる。
「その“金”は、どこから出ます?」
一瞬の沈黙。
王太子殿下は答えられない。答えは分かっているからだ。国庫だ。そして国庫は、無限ではない。
国王陛下が、ようやく口を開いた。
「……婚約破棄は、拙速だったのか」
誰も、すぐには答えない。
その問いに正面から答えることは、王家の判断ミスを認めることに等しい。
マリアが、小さく声を上げた。
「わ、私が……いなければ……」
その言葉に、王太子殿下が即座に振り返る。
「違う! 君は何も悪くない!」
彼は、彼女の肩に手を置いた。
その仕草は優しい。だが同時に、会議の場を私的な空気に変えてしまう。
財務官が、思わず目を逸らした。
「……殿下」
宰相が、耐えるように言う。
「個人の感情の話ではありません」
「だが――」
「いい加減にしてください!」
珍しく、財務官が声を荒げた。
「これは愛だの恋だのの問題ではない! 署名された条約の問題だ! 誰が、どこで、何を軽視したか――それを認めなければ、次の一手は打てない!」
空気が凍る。
王太子殿下は、唇を噛んだ。マリアは、肩をすくめて俯く。
国王陛下が、目を閉じた。
「……分かっている」
その声は、疲れ切っていた。
「だが、国は止まらん。今は“正しかったかどうか”ではなく、“どう持ちこたえるか”だ」
宰相が、静かに頷く。
「その通りです、陛下。応急措置を講じます。高値でも穀物を確保する。徴兵制を一時的に強化し、傭兵の穴を埋める」
「それで、何とかなるのか」
「……短期的には」
その“短期的”という言葉に、誰もが耳を澄ませた。
続きがないことを、全員が理解している。
会議は、その後も続いた。
だが内容は、次第に同じところを回り始める。誰が悪かったのか、誰が責任を取るのか、その問いを避けたまま。
やがて、国王陛下が会議の終了を告げた。
「今日はここまでだ。各自、持ち場に戻れ」
椅子が引かれ、人々が立ち上がる。
誰もが急いでいる。自分の部署、自分の数字、自分の保身のために。
最後に残ったのは、王太子殿下とマリアだけだった。
「……本当に、大丈夫なんですよね?」
マリアが、不安そうに尋ねる。
「ああ」
王太子殿下は、力強く頷いた。
「一時的な混乱だ。すぐに落ち着く。僕が責任を取る」
その言葉は、彼自身を安心させるためのものだった。
責任を取る、という言葉の重さを、彼はまだ知らない。
会議室の扉が閉まる。
残された静けさの中で、机の上の書類だけが、現実を語っていた。
数字は、嘘をつかない。
そして、まだ誰も――
本当の意味で、自分が何を壊したのかを理解していなかった。




