第63話 復帰
正式通知は、あまりにも事務的だった。
《セリーナ=ヴァルトを港監査補佐に任命する》
推薦元――クロイツ連邦監査局。
私は、その一行を見つめたまま動かなかった。
「……予想していましたか」
カイルが低く問う。
「半分は」
クロイツが監査強化を望むのは当然だ。
だが。
なぜ彼女なのか。
午後、任命式は簡素に行われた。
セリーナは、灰色の監査服のまま一歩前に出る。
「港監査補佐、セリーナ=ヴァルト」
淡々と名乗る。
職員たちの視線は冷ややかだ。
「元港監査官が、なぜ今さら」
「クロイツの目だろう」
ささやきが聞こえる。
彼女は、気に留めない。
「任務は、監査の効率化と透明性向上」
その言葉は正しい。
だが空気は重い。
任命後すぐ、彼女は監査室に入った。
「承認ログをすべて閲覧します」
「すべて?」
「過去三か月分」
ハインリヒが無言で頷く。
彼女は、迷いなく作業を始める。
視線は冷静。
感情は見えない。
夕刻。
「一件、異常値があります」
彼女が静かに言う。
「どの案件ですか」
「第四商会保証発動直前の資金移動」
室内がざわつく。
「内部情報漏洩の可能性」
カイルが険しい顔になる。
「誰が」
「まだ断定できません」
彼女は冷静だ。
「だが、発動直前に特定口座へ資金移動が集中」
私は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
敵は外だけではない。
「内部調査を開始します」
セリーナは、淡々と言う。
その夜。
職員の一人が辞表を提出した。
「疑われるのは耐えられません」
若い監査官だった。
私は引き留めなかった。
疑念は、空気を腐らせる。
執務室で一人になったとき。
通信札が光る。
《内部から崩れる》
レオンの声は穏やかだ。
《国家が入れば、疑念も入る》
私は短く返す。
《港は崩れない》
《崩す必要はない》
少しの間。
《揺らせばいい》
通信が切れる。
夜。
セリーナが扉の前で止まる。
「あなたは、私を疑っていますか」
唐突な問い。
「……完全には信じていません」
「正しい」
彼女はわずかに頷く。
「信頼は、制度では生まれない」
静かな声。
「だが疑念は、制度を壊す」
私は彼女を見つめる。
「あなたは、どちらですか」
「私は監査官です」
それだけ言って、去る。
港は生き延びた。
だが今、
監査官が内部に入り、
疑念が芽生え、
職員が去る。
恐怖ではない。
これは、
**侵食**だ。
そして私は気づく。
港は外から削られているのではない。
内側から、静かに削られている。
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