第62話 距離
ルメリア聖庁からの通達は、穏やかな文面だった。
《保証基金への拠出を当面三割減とする》
理由は明確に書かれている。
《祈りは政治的影響力の補完ではない》
私は、その一文を何度も読み返した。
「……距離を取られましたね」
カイルが静かに言う。
「ええ」
責められない。
港はクロイツ監査官を常駐させた。
共同承認制も導入した。
合理的な選択。
だが外から見れば、
港は“国家連合の管理機関”に見える。
午後、ルメリアの司祭長が訪れた。
以前より、距離のある表情。
「港は生き延びました」
「ええ」
「ですが」
彼女は静かに続ける。
「祈りは、国家の後ろ盾になるためにあるのではありません」
「利用する意図はありません」
「意図ではない」
その目は穏やかだが、厳しい。
「構造がそう見えるのです」
私は、言葉を失う。
「港は中立であるからこそ意味があった」
「今も中立です」
「本当に?」
問いは静かだが、深い。
クロイツ監査官の常駐。
副署名義務。
拠出条件。
中立は、薄まっている。
「私たちは一歩下がります」
司祭長は告げた。
「祈りは、どの側にも属さない」
それは離脱ではない。
だが、支えが細くなる。
夕刻。
市場速報。
《ルメリア、港への関与縮小》
商人たちの間でささやきが広がる。
「聖庁まで距離を取った」
「港は国家の道具になるのか」
恐怖とは別の、不信。
夜。
ハインリヒ監査官が報告に来た。
「拠出縮小は想定内だ」
「想定していましたか」
「当然だ」
彼は淡々と続ける。
「国家は合理で動く。宗教は理念で動く。両立は難しい」
「港は両立させる場です」
「理想だ」
冷たい言葉。
「だが理想は力を持たない」
私は反論しなかった。
その夜遅く。
セリーナが再び現れる。
「距離を置かれましたね」
「ええ」
「港は今、国家に近い」
「生き延びるためです」
「生き延びた先に、何がありますか?」
私は、すぐに答えられない。
彼女は続ける。
「港は恐怖に屈していない」
「ええ」
「だが国家に依存し始めている」
胸が痛む。
依存。
それは否定したい言葉だ。
「あなたは、何を守ろうとしているのですか」
静かな問い。
「港か」
「信用か」
「それとも」
彼女はわずかに目を細める。
「あなた自身の理想か」
扉が閉まる。
私は一人、執務室に残された。
港は生きている。
だが、
クロイツに寄り、
ルメリアが離れ、
市場は揺れる。
恐怖とは違う。
これは、
**距離の揺らぎ**だ。
そして私は、初めて思う。
もし港が国家色を強めれば。
円環は、
「自由」を掲げるだろう。
市場は、
どちらを選ぶのか。




