第60話 信用は幻想か
港湾評議会は、夜を徹して続いた。
議題は一つ。
――クロイツの条件付き再出資を受けるか否か。
「監査権の一部共有だ」
リオネルが重く言う。
「完全な介入ではない」
「だが前例になる」
若い評議員が反論する。
「港の中立性が揺らぐ」
「中立性より生存だ」
声が交錯する。
私は、黙って聞いていた。
結晶板には、基金残高二%の数字が浮かんでいる。
次の発動が来れば、支払えない。
支払えなければ、信用は崩壊する。
「アリア」
リオネルが名を呼ぶ。
「決めろ」
静まり返る室内。
私は、ゆっくりと立ち上がる。
クロイツの条件書を見つめる。
《監査権共有
緊急出資
一定期間の共同承認制》
合理的だ。
救済でもある。
だが――
それは、港が単独で信用を支える構造を終わらせる。
「……受ければ、港は生きる」
私は小さく呟く。
「拒めば、沈む可能性が高い」
カイルが、息を詰める。
セリーナが、壁際で静かに見ている。
そして、私の脳裏にレオンの言葉が浮かぶ。
――正しさは市場を救わない。
私は、初めて深く息を吸った。
「……一つ、確認します」
全員の視線が集まる。
「監査権共有は、恒久ですか」
「暫定だ」
クロイツ代表が答える。
「基金が安定すれば、段階的に返還」
保証はない。
だが明文化は可能だ。
私は、目を閉じる。
信用は幻想か。
恐怖は現実か。
理想は市場を救わないのか。
長い沈黙の後、私は口を開いた。
「……条件付きで受け入れます」
室内に、安堵と緊張が同時に広がる。
「ただし」
私は続ける。
「監査共有は期限明記。
透明化を条件に」
クロイツ代表が頷く。
「合理的だ」
決定が下る。
港は、生き延びる。
だが同時に――
港は、完全な独立を失う。
会議後。
私は一人、窓の前に立った。
灯りは消えていない。
だが、形は変わった。
通信札が光る。
《選んだな》
レオン。
《生存を》
私は、少し考えてから返す。
《信用を守るために》
返信はすぐに来た。
《それが妥協だ》
私は、静かに呟く。
「……そうかもしれない」
初めて、完璧ではない選択をした。
理想を曲げた。
だが捨ててはいない。
信用は幻想か。
まだ分からない。
だが一つだけ、確かだ。
この戦争は、
条文だけでは終わらない。
そして私は――
まだ、負けていない。
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