第59話 残高
答えは、翌朝出た。
《ベルナード第四商会、履行不能宣言》
通信を受けた瞬間、室内の空気が凍る。
「……連鎖三件目です」
カイルの声が低い。
全額保証。
残高――十六%。
総額を計算する。
「……足りません」
若い監査官が呟く。
全額を支払えば、基金はほぼ空になる。
支払わなければ、信用は崩れる。
沈黙。
私は、椅子に座ったまま目を閉じる。
理想を選んだ。
その結果が、これだ。
「……縮小案に戻しますか」
カイルが、静かに言う。
私は、ゆっくりと首を振った。
「全額支払います」
室内に、微かな息を呑む音。
「残高は」
「ゼロに近づきます」
「次が来れば」
「終わります」
それでも。
「約束は守る」
承認印を押す。
数字が減る。
残高――二%。
ほぼ、空。
数時間後。
市場速報。
《港保証基金、枯渇寸前》
商人たちがざわめく。
「次は保証されないのでは」
「別港を検討するか」
恐怖が、広がる。
夕刻。
レオンから通信。
《理想で市場を燃やしたな》
私は、返信する。
《まだ燃えていない》
《時間の問題だ》
しばらく沈黙。
《お前は正しい》
予想外の一文。
《だが、正しさは市場を救わない》
私は、言葉を失う。
《恐怖は現実だ》
通信が切れる。
夜。
クロイツから条件付き再出資案が届く。
《監査権の一部共有を条件に、緊急拠出》
それは救済だ。
だが同時に――
港の独立性を削る。
カイルが言う。
「受けますか」
私は、答えられない。
受ければ港は生きる。
だが中立性は揺らぐ。
拒めば港は沈む。
窓の外。
灯りはまだある。
だが、揺れている。
私は初めて、はっきりと感じる。
信用は守った。
だが港は、追い詰められている。
そして今。
私の前にあるのは、
理想か、
生存か。
初めて――
答えが出ない。




