第58話 選択
残り三日。
市場は静かだ。
だがそれは嵐の前の静寂に似ている。
「追加遅延、一件」
カイルの報告は短い。
「発動基準未満」
部分保証で済む。
だが残高は、さらに削られる。
「十六%」
数字が、重い。
評議会は再び割れた。
「保証縮小を」
「最低保証額の引き下げを」
「一定規模以下は対象外に」
合理的だ。
正しい。
だが私は、黙って聞いている。
「アリア」
リオネルが名を呼ぶ。
「決めろ」
私は、ゆっくりと立ち上がる。
「保証は縮小しません」
室内がざわめく。
「今ここで縮小すれば、恐怖が勝ちます」
「恐怖はもう勝ちかけている」
「だからこそ」
私は、声を強めた。
「約束を守る」
沈黙。
会議後、カイルが追いかけてきた。
「……感情ですか」
「違います」
「違いません」
彼は珍しく強い口調だった。
「残高は危険域です」
「分かっています」
「次が来れば、終わる」
「分かっています」
「なら、なぜ」
私は、言葉を探す。
「今、引けば」
やっと出た声は、少しだけ震えていた。
「港は“恐怖に負けた”と記録される」
カイルは、黙る。
「信用は、一度折れたら戻らない」
「でも、港が沈めば意味がない」
「沈みません」
根拠はない。
それでも、言うしかない。
その夜。
レオンから通信。
《縮小しないのか》
《しない》
《愚かだ》
私は、返す。
《恐怖に屈する方が愚か》
少し間を置いて、返信。
《恐怖は屈服ではない》
《現実だ》
私は、しばらく考えた。
《信用も現実だ》
返信は来なかった。
窓の外。
灯りはまだある。
だが私は知っている。
これは賭けだ。
理想か。
生存か。
どちらかを選ぶ局面。
そして私は――
理想を選んだ。
その選択が、正しいかどうか。
答えは、明日出る。




