第56話 二重発動
嫌な予感は、的中した。
ベルナード第三商会。
そして、別系統の運送組合。
同日、履行停止。
「……連鎖条件、満たします」
カイルの声は冷静だったが、その手は強く結晶板を握っていた。
三件。
別経路。
同日。
全額保証、再発動。
「総額」
「……基金残高の、さらに二割」
室内の空気が、重く沈む。
私は承認欄を見つめる。
躊躇は、許されない。
「発動します」
だが今回は、手が重い。
承認印を押す。
数字が減る。
基金残高――二割弱。
「……危険域です」
カイルが、静かに告げる。
同時刻。
港外市場で、速報が流れる。
《港保証基金、残高逼迫か》
「誰が流した」
「不明ですが、円環系列メディアの可能性」
タイミングが良すぎる。
支払い発動と同時に、報道。
「煽っています」
「ええ」
恐怖を。
午後。
クロイツから緊急会談要請。
《即時》
評議会室の空気は張り詰めている。
「二重発動は想定外だ」
クロイツ代表が言う。
「市場は動揺している」
「保証は履行しました」
「問題はそこではない」
彼は静かに続ける。
「港の持久力だ」
ルメリアの司祭長も、今日は硬い表情だ。
「祈りでは支えきれない」
「拠出停止を検討する」
クロイツ代表の一言で、室内が凍る。
「一時的だ」
「だが必要だ」
私は、立ち上がった。
「今停止すれば、連鎖は拡大します」
「今続ければ、港が沈む」
正論同士がぶつかる。
「……一週間」
私は言った。
「一週間、現状維持を」
「根拠は」
「次の波は来ません」
自分でも、確信はなかった。
だが言うしかない。
沈黙。
「一週間だ」
クロイツ代表が言う。
「それ以上は、保証しない」
会談後。
カイルが低く言う。
「……賭けですね」
「ええ」
「根拠は」
私は答えない。
根拠はない。
ただ、感じている。
敵は港を一気に潰さない。
削る。
恐怖を広げる。
今、さらに波を起こせば、
円環も負担が増す。
レオンは、そこまで短絡的ではない。
夜。
通信札が光る。
《賭けか》
レオン。
《一週間で何が変わる》
私は、静かに返す。
《構造を変える》
返信はすぐに来た。
《時間は恐怖の味方だ》
私は、窓の外を見た。
灯りは、まだ消えていない。
だが――
基金残高は、消えかけている。
一週間。
その間に何も起きなければ、
港は延命する。
だが起きれば。
港は終わる。
私は、初めてはっきりと理解する。
これは制度の戦いではない。
**持久戦だ。**




