第55話 動揺の波紋
港に広がったのは、怒号ではなかった。
ざわめきだ。
「保証発動が遅れたらしい」
「一件は防げたと聞いた」
「基金残高は大丈夫なのか」
小さな声が、波のように広がる。
私は、それを止めない。
止めれば、不信になる。
「残高、四割を切りました」
カイルが淡々と報告する。
「次に同規模が来れば、危険水域です」
「分かっています」
私は頷いた。
分散承認制の案をまとめる。
承認権限を三名体制へ。
だが――
「……市場は待ってくれません」
カイルの言葉通りだった。
午後。
ベルナードで、追加の支払い延期。
発動基準未満。
だが市場心理は揺れる。
「部分保証を出しますか」
「出します」
また、残高が削られる。
その夜。
クロイツ代表から直通通信。
《運用ミスがあったと聞く》
「事実です」
《ならば監査強化を要求する》
私は沈黙する。
《港単独判断は危険だ》
「……提案を」
《クロイツ監査官の常駐》
それは、共同管理に近い。
私は即答しなかった。
通信を切った後、カイルが言う。
「……受けますか」
「まだ」
迷いがある。
港の独立性。
信用の中立性。
夜更け。
再び、あの灰色の女性が現れた。
セリーナ=ヴァルト。
「港は揺れています」
「分かっています」
「分かっていない」
彼女は静かに言う。
「揺れているのは、資金ではない」
「では何ですか」
「管理能力です」
私は、言葉を失う。
「保証は重い。
だが運用が不安定なら、信用は薄まる」
「分散承認制を導入します」
「遅い」
冷たい声。
「敵は時間を奪う」
その言葉に、私はレオンの顔を思い出す。
恐怖は正しい。
時間は味方。
「あなたは誰の側ですか」
思わず問う。
彼女は、わずかに目を細めた。
「信用の側」
それだけ言って、去る。
残されたのは、静かな不安。
港は動いている。
保証も出している。
基準も守っている。
だが。
信用は、数字ではない。
“迷い”もまた、伝わる。
私は、窓の外を見る。
灯りは揺れている。
そして初めて、自分の胸にも揺れがあることを自覚する。
私は、正しいのか。
それとも――
理想で港を削っているのか。




