第54話 見落とし
ベルナード第二商会の遅延は、想定より早く三件目に到達した。
「……発動基準です」
カイルの声は低い。
連鎖三件。
全額保証。
私は、承認欄を見つめた。
「支払います」
指先が、一瞬だけ止まる。
だが止めない。
承認印を押す。
結晶板に、残高が更新される。
――さらに減る。
その直後だった。
「……おかしい」
若い監査官が、小さく呟いた。
「何が」
「第一商会の履行報告、提出日時が……」
私は歩み寄る。
「どういうこと」
「遅延が正式記録されたのは昨日ですが、
実際の資金不足は三日前です」
室内が静まり返る。
「……報告が遅れた?」
「いえ」
監査官は震える指で結晶板を指す。
「港側の確認が、二日遅れています」
私は、息を止めた。
確認履歴。
承認待ちの欄。
確かに、二日空白がある。
「……私です」
私は言った。
「最終確認は、私の判断待ちだった」
その二日間、私はフェルンとの通信に追われていた。
優先順位を誤った。
もし二日前に部分保証を出していれば――
連鎖三件には届かなかった可能性がある。
つまり。
「……一件は、防げた」
カイルの声が、かすれる。
私は、何も言えなかった。
制度は正しかった。
基準も守った。
だが。
**判断が遅れた。**
その時、扉が開いた。
「報告を聞きました」
入ってきたのは、見慣れない女性。
灰色の監査服。
落ち着いた眼差し。
「誰ですか」
「セリーナ=ヴァルト。
元港監査官です」
空気が変わる。
彼女は、私を見る。
「基準は正しい。
だが運用は人間がする」
淡々とした声。
「遅延二日。
その間に市場は不安定化」
「……分かっています」
「分かっているだけでは、信用は戻りません」
その言葉は、冷たい刃だった。
「あなたは制度を信じている」
彼女は続ける。
「だが制度は、遅れれば無力です」
私は、初めて反論できなかった。
カイルが一歩前に出る。
「あなたは何者ですか」
「助言者です」
彼女は静かに言う。
「港は今、構造的に疲弊している」
「具体的に」
「保証の即時性を、あなた一人に依存している」
沈黙。
事実だった。
最終承認は、私。
集中管理。
「分散承認制に変えるべきです」
彼女は言う。
「でなければ、次も遅れる」
言い終えると、彼女は一礼した。
「助言は以上です」
去っていく背中を、私は見送る。
「……正しいですね」
カイルが、静かに言う。
「ええ」
私は頷いた。
正しい。
だが。
その正しさが、胸を締め付ける。
私は初めて、自分のミスで港を削った。
敵は条文を歪める。
だが今、港を削ったのは――
**私の判断だった。**
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