第52話 上限の議論
保証基金の三割が消えた翌日、港湾評議会は緊急招集された。
空気は重い。
怒りではない。
計算の匂いだ。
「発動自体は正しかった」
クロイツ連邦の代表が口を開く。
「だが規模が想定を超えている」
「想定は連鎖を前提にしていませんでした」
私は淡々と答える。
「だから修正する必要がある」
「上限の固定を提案する」
室内がざわめく。
「保証発動は、基金残高の四割まで」
四割。
すでに三割を失っている。
「それでは次の波で止まります」
私は即座に言った。
「止めるべきだ」
クロイツ代表は冷静だ。
「港が沈めば、全員が沈む」
理屈は正しい。
だが、連鎖は理屈を待たない。
ルメリアの司祭長が、静かに口を開く。
「祈りの免責を検討すべきです」
「免責?」
「不可抗力に近い案件を一部除外する」
私は、目を閉じた。
免責は、理にかなう。
だが一度例外を作れば、基準は揺らぐ。
「それは、恐怖を呼び戻します」
「では、港が倒れれば良いのですか」
司祭長の声は、柔らかい。
だが厳しい。
沈黙が落ちる。
「港は、万能ではない」
クロイツ代表が言う。
「限界を示すことも信用だ」
私は、結晶板を見つめる。
残高。
支出。
予測。
「……上限は設けません」
室内が静まり返る。
「ただし」
私は続ける。
「発動基準を厳格化する」
「厳格化?」
「履行遅延が三件以上連鎖した場合のみ、全額発動」
「それまでは」
「部分保証」
クロイツ代表は考える。
「合理的ではある」
だが満足はしていない。
会議が終わった後、カイルが言った。
「……正しい判断です」
「そうでしょうか」
「え?」
私は、窓の外を見た。
「正しいかどうかではありません」
「では」
「耐えられるかどうかです」
その夜。
円環基金が声明を出した。
《港は基準を揺らした》
私は、静かに息を吐く。
揺らしてはいない。
だが、調整はした。
それは事実だ。
信用は一貫性だ。
だが生き残るための柔軟性も必要。
私は、初めて自分に問いかける。
基準を守るのか。
港を守るのか。
その二つは、
同じではないかもしれない。
波は、まだ来る。
そして次は、
もっと大きい。




