表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄? ご自由に。条約違反の責任は国家でどうぞ ~婚約破棄された令嬢、契約で世界を制圧する〜  作者: 白石アリア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/24

第4話 条約第十二条

 王宮を出るまでに、さほど時間はかからなかった。

 別室での聴取が終わった時点で、私の処遇は既に決まっていたからだ。引き留めも、形式的な慰留もない。あるのは、静かな距離の取り方だけ。


 廊下を歩く私の背後で、扉が閉まる音がした。

 それは、王宮という一つの契約圏から、私が切り離された合図だった。


 荷は少ない。

 身の回りの品と、文書箱が一つ。中には条約の写しと、契約魔法の発動履歴を刻んだ結晶板が収められている。どれも私にとっては、宝石より価値がある。


「アリア様」


 中庭に出たところで、聞き慣れた声がした。

 振り返ると、宰相ベルトランが一人で立っていた。儀礼用の外套を羽織っているが、顔色は冴えない。


「お見送り、という立場ではないのですが……少し、話をさせてください」


「どうぞ」


 私は足を止めた。

 ここでの会話は、公式ではない。だからこそ、本音が出る。


 宰相は、周囲を一度見回してから、低い声で言った。


「条約第十二条……あれほど苛烈な条項を、なぜ王家は受け入れたのか。今になって、皆が同じことを考えている」


「答えは簡単です」


 私は即座に返す。


「当時、王国はそれだけ切迫していたからです」


 宰相の眉がわずかに動く。


「北方の不作、南方の関税問題、傭兵団の更新……どれか一つ欠けても、国は傾いていました。だから王家は、最も信用度の高い担保を差し出した」


「……婚約、か」


「はい」


 私は頷いた。


「婚約は、未来を約束する契約です。個人の感情を超えた“継続性”を示すには、最適でした」


 宰相は、しばらく黙り込んだ。

 そして、苦々しく笑う。


「それを、恋愛の一言で壊した」


「壊したのではありません」


 私は訂正する。


「契約通りに、終わらせただけです」


 宰相は深く息を吐いた。


「……国は、どうなる」


 それは質問というより、確認だった。

 私は、視線を夜空へ向ける。まだ舞踏会の灯りが、窓越しに漏れている。


「短期的には混乱します。穀物価格は上がり、港湾税で商人が逃げ、傭兵の穴を正規軍で埋めることになるでしょう」


「長期的には?」


「信用が落ちます」


 たった一言。

 だが、それ以上の説明はいらない。


 宰相は、目を閉じた。

 この国の未来を、頭の中で計算しているのだろう。どれほど努力しても、どれほど誠実に振る舞っても、一度落ちた信用を元に戻すには時間がかかる。


「……それでも、戻る気はないのか」


 私は、少しだけ宰相を見る。

 そこには政治家としての顔ではなく、年老いた男の疲れがあった。


「戻る、という選択肢はありません」


 はっきりと言った。


「私は、既に契約の外に立っています。今さら戻れば、それは『例外』になります。例外は、次の裏切りを呼ぶ」


 宰相は、何も言い返せなかった。


 その時、結晶板が微かに熱を持った。

 文書箱の中から、淡い光が漏れる。


 ――発動確認。


 私は、箱を開く。

 結晶板の表面に、文字が浮かび上がっていた。


《北方穀物優遇通商条約:効力停止 確認》

《南方港湾通行協定:失効 確認》


 そして、三行目。


《傭兵団長期雇用契約:解除手続き開始》


 宰相が、喉を鳴らした。


「……本当に、動いている」


「はい」


 私は箱を閉じる。


「これが、条約第十二条です」


 もはや誰かの意思では止まらない。

 契約とは、そういうものだ。一度走り出せば、行き着くところまで進む。


 遠くで、鐘が鳴った。

 今度は舞踏会のものではない。時刻を告げる、実務の鐘だ。


 私は宰相に一礼する。


「お話は、以上です」


 宰相は、しばらく動けずにいた。

 だが、やがて深く頭を下げた。王宮で、私に頭を下げた人間は、これが初めてかもしれない。


「……幸運を」


「契約に、幸運は必要ありません」


 そう返して、私は歩き出した。


 門の向こうには、王都の夜が広がっている。

 そこはもう、王家の契約圏ではない。


 私は初めて、ほんの少しだけ息を吸い込んだ。

 冷たい夜気が、肺を満たす。


 条約第十二条は、発動した。

 そして今、次の条文を誰と結ぶか――それを選ぶのは、私だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ