第35話 契約破壊同盟
港が再び動き始めた翌日。
今度は、止まらなかった。
止められた。
東方商会の大型船が、入港直前で進路を変えた。
理由は単純。
――保険会社が、補償対象外と判断した。
「……どういうことですか」
カイルが、保険通知を握りしめる。
「契約上の履行確認が、第三者監査に移行したため、過去契約との整合性が取れない」
私は、紙を受け取った。
「つまり、“監査体制が変わった”から保険が無効」
「そんな理屈……」
「理屈は通っています」
私は、淡々と言った。
基準変更。
算定式非公開。
監査機関の導入。
それらは正当な判断だ。
だが同時に、既存契約との整合性を揺らす。
その隙を、突かれた。
「……誰が保険を動かした」
私は問う。
「裏で、新しい再保険契約が結ばれています」
書記が震える声で答える。
「名義は……複数の小国家連合」
聞いたことのない国名。
だが、契約文は完璧だ。
「……つながっていますね」
カイルが、顔を上げる。
「ええ」
私は静かに言った。
「算定式改ざん。
過剰遵守による停止。
そして保険網の変更」
すべてが、基準を直接壊さない。
だが、基準を“無意味”にする。
午後。
港湾評議会に、正式な通達が届いた。
《契約破壊同盟より》
室内が凍る。
封蝋には、どの国家にも属さない紋章。
円環を、内側から割る意匠。
私は、封を切った。
《我々は契約破壊同盟である》
《目的は単純だ。
契約を支配の道具から解放する》
「……解放?」
評議員の一人が呟く。
文は続く。
《信用は幻想だ。
恐怖こそが安定を生む》
《国家は契約を盾に弱者を縛る。
我々はそれを崩す》
私は、最後の一文を読む。
《貴女は面白い。
だが、制度を信じすぎている》
沈黙。
「……宣戦布告だな」
リオネルが低く言う。
「ええ」
私は頷いた。
「ただし、剣は抜かない」
条文。
保険。
監査。
評価。
それらを使って、港を止める。
「どうする」
評議会の視線が集まる。
私は、ゆっくりと答えた。
「攻撃します」
「何?」
「契約を、武器に」
室内がざわめく。
「彼らは契約を壊すのではありません」
私は続ける。
「契約を“歪める”」
ならば。
「歪みを、証明する」
私は結晶板を起動した。
「契約破壊同盟の再保険契約を精査します」
「無理だ」
「相手は匿名だ」
「匿名ではありません」
私は冷静に言った。
「契約は、必ず誰かの利益になる」
利益の流れを追えば、
必ず実体がある。
夜。
私は一人、港の高台に立った。
船は減り、灯りは少ない。
契約は、守るものだった。
だが今は違う。
壊される。
歪められる。
恐怖に変えられる。
私は、静かに息を吐く。
信用は幻想だ、と彼らは言う。
ならば証明する。
信用が幻想でないことを。
そして――
**契約が、支配ではなく武器になることを。**




