第33話 物差しの裏側
夜。
実務室の灯りは、私の机の上だけに落ちていた。
結晶板に浮かぶ算定式を、私は何度もなぞる。
履行率。
解除率。
再契約率。
重み付けを変えただけで、順位は劇的に変わる。
昨日までは「履行重視」。
改ざん後は「解除と再契約重視」。
「……数字は、嘘をついていません」
カイルが、静かに言う。
「ええ」
私は頷いた。
「問題は、数字ではない」
算定式の構造。
それ自体が、攻撃対象だった。
「基準は、公開されていました」
「はい」
「誰でも重みを知り、予測できる」
つまり――
「最初から、“操作可能”だった」
私は、目を閉じる。
基準を透明にすることで、公平さを示した。
だが同時に、弱点も晒した。
「……わざと、ですね」
カイルが言う。
「ええ」
私は結晶板を指で弾く。
「重みの変更自体は、私の承認権限が必要」
「でも、算定式が公開されている以上、“どこを触れば崩れるか”は分かる」
つまり敵は、
港の内部を壊す必要はない。
**制度の構造を理解しているだけでいい。**
「……誰が」
カイルの声が低くなる。
「算定式をここまで理解している者は、限られています」
クロイツ。
ルメリア。
クラウス。
だが、違う。
「これは、国家の発想ではありません」
私はゆっくり言う。
「国家は、結果を動かしたがる。
これは“前提”を壊している」
基準の前提。
重みが固定であるという前提。
その時、机の端に置いていた通信札が淡く光った。
《見事だ。ようやく気づいたか》
クラウスの文字だ。
「……あなたですか」
私は独り言のように呟く。
《違う。俺なら、もっと派手にやる》
続けて、もう一行。
《敵は、基準を守らせたいんだ》
私は、思考を止めた。
「守らせたい……?」
「どういう意味ですか」
カイルが顔を上げる。
「もし、算定式が固定されていれば」
私は、ゆっくりと整理する。
「誰かが“解除率”を意図的に増やせば、特定国家を落とせる」
「……!」
カイルが息を呑む。
「重みを動かさなくても、数値を操作すればいい」
「ええ」
私は頷いた。
「今回の改ざんは、予告です」
――算定式は壊せる。
――公開基準は脆い。
だから、次はもっと自然に来る。
事故。
履行遅延。
再契約拒否。
すべて、合法の範囲で。
「……つまり」
カイルの声が、かすれる。
「基準を公開し続ける限り、狙われる」
「ええ」
私は結晶板を閉じた。
「基準は、公開しすぎました」
公平であろうとした。
透明であろうとした。
だが――
透明は、防御ではない。
「……どうします」
私は、窓の外の港を見る。
灯りが揺れている。
「物差しは、見せない」
「え?」
「結果だけを示す」
算定式は非公開。
監査は第三者。
改ざんは不可能な連結記録へ。
「基準を“制度”に戻します」
公開されたルールではなく、
信頼された構造へ。
その時、通信札がもう一度光った。
《いい判断だ。
だが、もう一段ある》
クラウスの文字。
《次は、港を止める》
私は、静かに息を吸う。
算定式の改ざんは、前触れ。
本命は、別にある。
基準の裏側が、見えた。
そして同時に――
**本当の敵が、こちらを見ていることも。**
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