第31話 改ざんされた信用
最初に異変に気づいたのは、港の書記だった。
「……数値が、合いません」
朝一番、実務室に飛び込んできた彼は、顔色を失っていた。
「昨日まで三位だったクロイツ連邦が、最下位に。王国が中位に上がっています」
私は椅子から立ち上がらなかった。
「履行報告は?」
「変わっていません。解除件数も、遅延率も……何も」
カイルが、結晶板を操作する。
掲示板に表示された《契約履行状況(暫定)》が淡く光る。
確かに、並びが変わっていた。
クロイツ連邦:基準達成度 61%
王国:基準達成度 78%
「……あり得ない」
カイルが呟く。
「昨日の時点で、クロイツは安定していた。王国は、まだ調整段階だったはずです」
「ええ」
私はゆっくりと立ち上がった。
「つまり――」
掲示板の前には、すでに人だかりができている。
商人たちがざわめき、国家の使者が顔を曇らせる。
「……これは、抗議案件だ」
「基準が恣意的だという証拠になる」
「やはり国家を数値で並べるなど――」
声は、徐々に強くなる。
私は掲示板の前に立ち、結晶板をかざした。
「静粛に」
強い声ではない。
だが、よく通った。
「現在の表示は、暫定です」
「暫定だと?」
クロイツの使者が前に出る。
「我が国の信用を、暫定で落とすのか」
「落としてはいません」
私は数字を指す。
「表示が変わっただけです」
「言葉遊びだ」
「いいえ」
私は冷静に言った。
「“算定式”を確認します」
その瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。
算定式。
履行率、解除率、再契約率。
それぞれに重みをつけ、総合評価を出している。
「……式を出してください」
私は書記に命じた。
彼は慌てて結晶板を操作する。
だが、表示された式を見て、固まった。
「……違う」
「何が」
「重みが……変更されています」
履行率 40% → 20%
解除率 30% → 40%
再契約率 30% → 40%
昨日までとは、明らかに違う。
「……式が、書き換えられている」
カイルが、震えた声で言う。
私は、静かに息を吐いた。
数値は偽装されていない。
履行報告も、件数も、事実だ。
だが――
評価の“物差し”が、変わっている。
「いつ変更された」
「記録上は……昨夜」
書記が、青ざめた顔で答える。
「承認印は……あります」
「誰の」
「……アリア様の」
ざわめきが、波のように広がった。
「馬鹿な」
カイルが声を荒げる。
「昨日、あなたは――」
「承認していません」
私は即答した。
だが、結晶板に表示された署名は、確かに私のものだ。
癖も、筆跡も、完全に一致している。
「……基準は恣意的だ」
誰かが言った。
「管理者が都合よく動かせる」
「信用の数値は、操作可能だ」
それは、最悪の言葉だった。
私は、掲示板を見上げる。
昨日まで、力だった数字が、今は刃になっている。
「……凍結します」
私は言った。
「基準評価を、即時凍結」
「逃げるのか」
クロイツの使者が冷たく言う。
「違います」
私は彼を見た。
「守るためです」
基準を。
そして、この席を。
「算定式の変更履歴を、全公開します」
再びざわめきが走る。
「内部の問題であれば、処分する」
「外部からの干渉であれば、追跡する」
私は、ゆっくりと続けた。
「どちらにせよ、基準は“壊された”」
それを、隠さない。
港は、静まり返った。
信用は、数値になった瞬間から、
触れられるものになった。
そして今――
その数値が、刃を向けている。
私は、静かに思う。
これは事故ではない。
これは――
**宣戦布告だ。**




