第28話 遅れてきた王国
港が一晩止まった影響は、翌朝になって一気に表に出た。
倉庫の前には人が集まり、通関所では普段より長い列ができている。怒鳴り声はないが、苛立ちは空気に滲んでいた。
「……効いてますね」
カイルが、港を見渡しながら言った。
「ええ」
私は頷く。
「止まったからこそ、見えた問題も多い」
動線の無駄、確認者の曖昧さ、責任の押し付け合い。
止めなければ、誰も直そうとしなかった部分だ。
そこへ、評議会から使者が駆けてきた。
「アリア様! 王都から……王国の使節団が到着しています」
カイルが、わずかに目を見開く。
「……今さら?」
「今だから、でしょう」
私は外套を羽織った。
港の応接室に入ると、懐かしい空気があった。
香の匂い、整えられた服、形式的な姿勢。王国のやり方だ。
中央に立っていたのは、宰相だった。
顔色は悪く、目の下に濃い影がある。数日の不眠は、隠しきれていない。
「……久しぶりだな、アリア」
「お久しぶりです、宰相閣下」
私は、最低限の礼だけを返した。
隣に立つ人物を見て、ほんの一瞬だけ胸が動く。
王太子レオンハルト。
だが、その動きはすぐに消えた。
「単刀直入に言おう」
宰相が言う。
「王国は、港の混乱を憂慮している」
「港は混乱していません」
私は、即座に否定した。
「調整しています」
宰相が、わずかに言葉に詰まる。
「……結果として、王国向けの物流が滞っている」
「ええ」
私は頷く。
「王国が、基準を通っていないからです」
室内が、静まり返る。
「基準……?」
王太子が、低く呟いた。
「王国は、これまで通り契約を結んでいるはずだ」
「これまで通り、が問題なのです」
私は、彼を見た。
「契約は、更新されなければ意味を失います」
王太子の表情が、歪む。
「……戻ってこい、アリア」
その言葉は、懇願に近かった。
「君がいなければ、王国は――」
「席がありません」
私は、静かに言った。
「今の王国には」
宰相が、深く息を吐いた。
「……交渉は可能か」
「可能です」
私は答える。
「ただし、条件があります」
私は、結晶板を起動した。
港の新基準が、淡く浮かび上がる。
「王国も、他の国家と同じです。
責任範囲の明確化、履行確認者の指定、解除条件の明文化」
「それは……」
宰相は、言葉を探す。
「主権に関わる」
「関わりません」
私は首を振った。
「信用に関わります」
王太子が、拳を握りしめた。
「……君は、王国を切り捨てるのか」
「いいえ」
私は、はっきりと答えた。
「王国が、自分で席を外しただけです」
沈黙。
その重さは、誰にとっても同じではない。
「……時間が欲しい」
宰相が言った。
「国内の調整が必要だ」
「どうぞ」
私は、迷いなく答える。
「ただし、港は待ちません」
使節団が去った後、カイルがぽつりと言った。
「……遅かったですね」
「ええ」
私は港を見下ろす。
「でも、来ただけでも前よりは進歩です」
王国は、地図から消えない。
だが、世界の流れから外れることはある。
その分岐点を――
王国は、ようやく目の前に突きつけられたのだった。




