第24話 席を作る者
港湾評議会の会議室は、朝から重かった。
空気が張りつめているわけではない。ただ、誰もが「今日は面倒な話になる」と分かっている時の、あの重さだ。
私は、いつもより早く席に着いた。
正面にはリオネル=カーヴェン、その左右に評議員たち。全員が揃っている。これは偶然ではない。
「話があるそうだな」
リオネルが言った。
「ええ」
私は立ち上がり、机の上に一枚の紙を置いた。
契約書ではない。制度案だ。
「私は、どの国家とも専属契約を結びません」
室内が、わずかにざわつく。
分かっていた反応だ。
「代わりに――」
私は続ける。
「港湾都市リオネルを基盤に、“契約が通過する席”を作りたい」
「通過する?」
評議員の一人が眉をひそめる。
「国家、商会、宗教団体。立場の違う契約者同士が、直接ぶつからずに済む場所です」
私は紙を指した。
「契約内容そのものは、当事者同士で決める。ただし」
一拍置く。
「責任範囲、解除条件、履行確認――この三点は、必ず私が設計・監査する」
沈黙。
誰もすぐに否定しなかった。
否定できない理由が、全員の頭に浮かんでいるからだ。
「……それは」
年嵩の評議員が、ゆっくりと言う。
「国家の主権を、間接的に侵す案だな」
「いいえ」
私は首を振る。
「主権には触れません。触れるのは“信用”です」
リオネルが、指を組む。
「国家が一番、扱いにくい部分だ」
「ええ」
私は認める。
「だからこそ、港がやる意味があります」
商人の都市。
どの国家にも属さず、どの国家とも取引する。
「リオネルは場所を提供する」
私は続ける。
「私は基準を提供する。国家も商会も宗教も、その基準を通らなければ契約が成立しない」
「反発が出るぞ」
別の評議員が言う。
「必ず出ます」
私は即答した。
「ですが、拒否はできません。なぜなら――」
私は、港の地図を指差した。
「ここを通らなければ、物流が止まる」
静かな衝撃が走る。
これは脅しではない。事実だ。
「契約を奪うのではありません」
私は、声を落とした。
「契約が“壊れない形”を用意するだけです」
リオネルが、ゆっくりと笑った。
「……随分と大きく出たな」
「はい」
私は真っ直ぐに見返す。
「でも、もう小さく生きる段階は終わりました」
数秒の沈黙の後、評議会の一人が言った。
「試験運用だ」
別の者が頷く。
「短期で、限定的に」
リオネルが、結論を出す。
「いいだろう。三か月。君の契約期間と同じだ」
私は、一礼した。
「十分です」
会議室を出た瞬間、息を吐いた。
カイルが、遅れてついてくる。
「……通りましたね」
「ええ」
私は廊下を歩きながら言った。
「これで、引き返せなくなりました」
その日の午後、港には噂が流れ始めた。
――アリアを通さないと、契約が通らないらしい。
――責任が明確になるらしい。
――逃げられなくなるらしい。
反発も、不安も、期待も混じった噂だ。
そして、夕刻。
実務室の机に、三通の返書が並んだ。
クロイツ連邦からは、短い一文。
《貴女は、管理者ではなく権力者になるつもりか》
ルメリアからは、祈りの言葉。
《あなたの選択が、あなたを孤独にしませんように》
そして、クラウスからは――一行だけ。
《ようやく、面白くなった》
私は、紙を揃え、窓の外を見る。
港は今日も動いている。
国家の席でもない。
個人の席でもない。
**契約が通過する席**が、今ここに生まれようとしていた。
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