第18話 評価は机の外で
倉庫の登録手続きは、その日のうちに終わった。
正式な所在地、管理責任者、保険の適用範囲。紙に落とされた瞬間、曖昧だったものは急に現実になる。誰もが、少しだけ動きにくくなり、そして少しだけ安心する。
「……これで、香料の件は一段落ですね」
実務室に戻ると、カイルが椅子に深く腰を下ろした。
疲労が声に滲んでいる。初日としては、十分すぎるほど濃い。
「ええ。今日は、これ以上燃えるものは出ないでしょう」
私はそう答えながらも、結晶板から視線を離さなかった。
火は消えても、炭は残る。炭は、風が吹けばまた燃える。
扉が、控えめに叩かれた。
「失礼します」
入ってきたのは、昼間に港を案内していた中年の職員だった。
先ほどとは違い、表情が少し硬い。
「評議会からです」
彼は一枚の紙を差し出した。
《本日の対応について、口頭報告を求む》
私は、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
来ると思っていた。むしろ、来なければ困る。
「行きましょう、カイル」
評議会の小会議室には、数人の評議員が集まっていた。
全員ではない。だが、港の“重さ”を知っている顔ぶれだ。
「座ってくれ」
リオネル=カーヴェンが言う。
いつもの軽い調子ではない。評価の場だ。
「初日としては、ずいぶん派手に動いたな」
「必要だったので」
私は簡潔に答える。
「旧第七码頭の倉庫の件は、すでに報告を受けている」
別の評議員が言った。
「グレーを黒にせず、白に寄せた。反発は出ていない」
「出ないようにしました」
私は頷く。
「責任を与えれば、人は自分で線を引きます」
数秒の沈黙。
評議員たちは、互いに視線を交わす。
「……率直に聞こう」
リオネルが身を乗り出した。
「君は、王国の役人だった。だが、今日の動きは違う。どこで、それを覚えた?」
私は一瞬、言葉を選んだ。
そして、正直に答える。
「覚えたのではありません。王国では、できなかっただけです」
空気が、わずかに変わる。
「王国では、責任を分散させることが“安定”でした」
私は続ける。
「誰も倒れない代わりに、誰も立たない。港では、それは死を意味します」
評議員の一人が、低く笑った。
「なるほど。王国が嫌われる理由が、よく分かる」
リオネルが、腕を組む。
「今日の件で、港の現場は君を“王国の人間”とは呼ばなくなった」
それは、小さな変化だ。
だが、致命的に重要な変化でもある。
「ただし」
彼は、指を一本立てた。
「まだ信用したわけじゃない。評価は机の外で行われる」
「承知しています」
私は即座に答えた。
「机の上で信用が積めるなら、世界はもっと楽です」
リオネルは、少しだけ口角を上げた。
「いい返しだ。だが覚えておけ」
彼は、窓の外の港を指した。
「ここでは、結果が先だ。理由は後回しだ」
「はい」
私は、深く頷いた。
会議室を出ると、もう夜だった。
港の灯りが水面に揺れ、昼とは違う顔を見せている。
「……少し、認められましたね」
カイルが、小さく言った。
「少し、です」
私は歩きながら答える。
「でも、それで十分です。信用は、最初は必ず小さい」
実務室に戻ると、新しい紙束が机に置かれていた。
今日中に処理された案件、明日回る案件、そして――保留。
私は保留の束を一枚、手に取る。
差出人は、港湾都市でも、東方商会でもない。
封蝋には、見慣れない紋章が刻まれていた。
「……これは」
カイルが、息を呑む。
「国家の印です」
私は、封を切らずに紙を戻した。
評価は、机の外で行われる。
だが――机の外から、席を狙う者もいる。
契約者としての現実は、ようやく形を変え始めていた。
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