第11話 信用の値段
港湾評議会の会議室は、朝の光に満ちていた。
だが、その明るさとは裏腹に、空気は張りつめている。机を囲む男たちの視線は、書類ではなく――私に向けられていた。
「まず、確認しておきたい」
年嵩の評議員が、低い声で切り出す。
「アリア=エル=レグニス。あなたは“契約を守る側”か?」
直球だった。
私は一瞬だけ、言葉を選ぶ。
「はい。私は、契約を破ったことは一度もありません」
「だが」
別の評議員が、即座に続ける。
「あなたがいた王国は、破った」
部屋の空気が、わずかに冷える。
それは非難ではない。事実確認だ。だからこそ、重い。
私は頷いた。
「その通りです」
ざわめきが起こる。
否定しないことは、時に肯定以上に勇気がいる。
「私は、その王国の婚約者でした。担保として利用され、破棄されました。結果として、条約が停止した」
私は、机の上に手を置いた。
「ですが、それは“構造の問題”です。私は署名者として、破棄を選んでいません」
沈黙。
評議員たちは、互いに視線を交わす。
「構造の問題、か」
リオネル=カーヴェンが、口元に薄く笑みを浮かべた。
「便利な言葉だな。責任を薄めるのに」
その言葉に、カイルが身じろぎする。
私は、彼を制するように小さく首を振った。
「責任を薄めるつもりはありません」
私は、静かに言った。
「むしろ、逆です。私は“自分がどこまで責任を負えるか”を、ここで明確にしたい」
評議員の一人が、腕を組む。
「では聞こう。もし、今回の短期契約で問題が起きた場合――誰が責任を取る?」
「私です」
即答だった。
「レグニス家としてではなく、アリア個人として」
その言葉が落ちた瞬間、空気が変わる。
個人責任。それは、商人たちにとって最も分かりやすい賭けだ。
「……覚悟はある、と」
「覚悟は、あります」
私は答える。
「信用がないなら、信用を積むしかありません。その代わり、条件は受け入れます」
リオネルが、指を鳴らした。
「三か月。違反一つで解除。利益配分は六対四。異論は?」
評議会の中で、低いざわめきが広がる。
反対派はいる。だが、完全否定ではない。
年嵩の評議員が、溜息をついた。
「……正直に言おう。あなた個人は、評価している」
その言葉に、私はわずかに目を伏せる。
「だが、“王国の匂い”がする」
それは、消せないレッテルだ。
私は、否定しなかった。
「その匂いが、消えるかどうか――三か月で見せます」
沈黙。
やがて、評議会の代表が、頷いた。
「いいだろう。条件付きで、契約を結ぶ」
紙が差し出される。
署名欄は、まだ空白だ。
私は羽根ペンを取り、名前を書く。
その瞬間、重さが肩に乗るのを感じた。契約は、守れば終わりではない。守り続けなければならない。
会議室を出たあと、カイルが小さく息を吐いた。
「……綱渡りですね」
「ええ」
私は外の海を見る。
「でも、信用の値段は、いつも高い」
港では、船が出入りしている。
貨物が積まれ、人が動き、金が流れる。
その流れの中に、私はようやく立った。
王国の婚約者としてではない。
一人の契約主体として。
三か月。
それは短い。だが――十分だ。
信用を失うにも、得るにも。
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