アゴヒゲに報告
舞台では役者が熱を込めて台詞を叫び、観客は感動を拍手によって表す。そんな中、隣の男はステージを見据えるが拍手は行わず、アルフレッドもそれに倣う。
「ざっとお前が調べたことから教えてくれ」
「はい。リオネット家に仕える人間の顔と名前と間柄、テイカーとバイカーの割合、当主とその娘の性格、リオネット家にかかわる噂、できる限りの屋敷の構造および周辺の地形。一か月ではこの辺が限界でした」
「まぁ順当だな」
褒めもせず怒りもせず男は聞いている。
実際アルフレドもそこまで誇ることではないと思っていた。急に任務が変更になってイレギュラーな状況であるが、やることは訓練で習ったことをただこなすだけだったからだ。
さらに調べたと言っても不信感を感じさせないよう使用人に聞き込みを行う、散歩と称して周辺の地形を確認する程度だ。誰でもできる内容だった。
「気になった点ですが、リオネット家はこの地域を治めているわけではないのに異様に金回りがよいように思えます」
「まぁ能力が能力だからな。神殿側も金で反発しないなら、って考えで多額の金を流してるはずだ」
「リオネット家の能力はやはり脅威ですか?」
「そんなもんじゃねぇよ」
隣の男が初めてこちらを向いた。あごひげを蓄えた細身の男。訓練中によく見た顔だった。いつも飄々としている男だったが、リオネット家の話をするときはどこか表情が硬かった。
「能力を実際に浴びたことはあるか? あれは聞かせただけで相手の行動を操作できる。お手軽なんだ。だから街の治安対策としてリオネット家の血筋をもつ人間がよく声を掛けられる」
「リオネット家の血筋はどこまで広がっているのですか?」
「わんさかいるわけじゃないが、いつの時代も百人はいるだろうな。百人いるならお家断絶につながらないだろうと昔は戦争にも駆り出されていた。そん時の光景は中々壮観らしい。リオネット家の人間が率いる平民部隊と相対した軍人どもが我先にと逃げ出していくんだ。人を殺すプロフェッショナルが戦場で逃げるんだぞ? とんでもないことだ」
「平民部隊、ですか」
「なんでもリオネット家の能力は聞いたものすべてに適応される。敵味方関係なくな。だから損耗を気にして平民にしたんじゃないか?」
軍人が平民相手に逃げ出していく。まさしく冗談みたいな状況だった。
アルフレッドは一番聞きたかったことを聞く。
「では、リオネット家の能力に対策はないのですか?」
「いいや、あるぞ」
隣の男がようやくいつもの飄々とした表情に戻りにやりと笑う。
「お前も一瞬考えた対策法だ。声を聞いたら行動が乗っ取られる。だったら聞かなければいい」
「耳栓ですか?」
「それでも万全じゃない」
隣の男は耳元と垂直になるよう人差し指を持っていき、関節を曲げながら耳から離す動作を行った。
「鼓膜を破るんだ。その上に耳栓をする。そうすりゃなんとかなるみたいだぞ」
「……わかりました」
「お前も万が一の時は鼓膜を破っとけ」
渋い顔をするアルフレッドに向けてけらけらと笑いかける。
「まぁ好きにしろ。そろそろリオネット家の才能開発について聞きたいぞ」
からかうような表情のまま続きを促す。仕方なくアルフレッドは話し始める。
「その件についてですが、いまだ情報はつかめていません」
「さすがに警備が固いか?」
「いえ、その逆です」
「……」
「リオネット家当主の寝室や書斎、重要と思える場所には入ろうと思えば入れるでしょう。私の思い上がりではなく確信を持って言えることです」
「では、最も警備が固い場所は?」
「リオネット家当主夫人の住む屋敷です」
アルフレッドは日中使用人との交流に努め仲良くなろうとしていた。使用人の噂話を聞くためだ。派手に動けないアルフレッドにとって良い情報源となる。日が沈むと昼間にはできない行動をとる。機密情報のありかを探すことだ。
アルフレッドはこの一か月間で偵察できる場所をほぼすべて見終えていた。偵察して分かったことは、異常に警備が配置されているのは当主夫人の住む屋敷だった。
「遠目からの偵察でしたが、通常の兵士だけでなく私たちのような隠密に長けた護衛が確かにいます」
「そんなに厳重なのか。よっぽど妻が大好きなのか、何か隠してるしかないよな」
「私もそう思います。まず優先的に当主の書斎等を調べ、最後に夫人の屋敷に行こうかと考えています」
「そうしろ」
アルフレッドの報告を聞いて頷くと、ステージに視線を戻した。劇の内容はいよいよクライマックスに近づいていた。
「才能開発についてだが、俺たちがその情報を知っているってことはほかの奴らも知っているってことだ」
「はい」
「そして俺らは運命のいたずらか女神様の微笑でリオネット家のすぐ近くで情報を集められている。だがほかの奴らはどうだろう」
「……」
「何かしらのアクションを起こさなければならない。しかもそれは手間がかからなければなおよい。ちまちまと、どこに情報があるか探すのではなく、直接当主に話を聞くんだ」
「つまり」
「娘を攫って強請るんだ。簡単だろ?」
にやりと笑ったその表情は、顎髭も相まって小悪党にしか見えないものだった。
「だが、そんなことされちゃこっちは潜入損だ。だから仲良くしたい」
「他の探ってる奴らと?」
「そうだ」
どうやって、とアルフレッドが聞き出す前に隣の男は身を乗り出した。
「よーく見てろ。勝負は一瞬だからな」
楽し気な口調で劇場全てを見渡している。
アルフレッドもそれに続いて、観客を観察するように視線を向ける。
だから、何が起こったかよくわからなかった。
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