劇みたい
リオネット家に来てから一か月が経った。その間にアルフレッドの役職の選定が行われた。アルフレッドは命じられるまま、庭の剪定を覚え、厨房で皮むきをし、門で通行人に会釈し、夜に皿洗いまで行った。朝には馬の汗を拭き、訓練場では木剣を振った。もし特別な才能があった場合その役職に就くようにと老執事は言っていた。
それぞれに指導者がつきアルフレッドの動きを見てくれていた。中身が成人であっても初めてやることに対してすぐ覚えられるわけではなかった。失敗だらけであったが、続けているとよく人から話しかけられるようになった。
庭師は木の剪定の面白さを語り、料理長は塩ひとつまみの重要性を口酸っぱく説き、厳しい門番は足が痛くならない立ち方を教えてくれた。リオネット家に仕える様々な人の名前と顔を覚えることができた。屋敷の空気にアルフレッドが馴染んでいくのを、はっきりと感じた。
最終的に彼はイレイナ付きの従者となった。雑用係と言い換えられる立場。老執事は眉間に皺を寄せたが、イレイナが引かなかった。「何のために雇ったと思ってるの!」と言い切られ、彼は沈黙した。身の回りの支度は侍女が担う。アルフレッドの役目は、常に一歩うしろに控え、要望をすぐ拾うことだった。
イレイナは基本自由に過ごす。午前は書斎で本を読み、午後は花壇の蕾を眺め、気が向けば街へ出る。家庭教師は週に二度だけ来ていた。
今日も外出の日であった。通りに出ると、あちらこちらで声が飛んだ。
「イレイナちゃん、このクッキー食べな」
「今はこの観劇がおすすめだよ」
「今日もかわいいねぇ」
(本当に好かれているな)
こういった対応は街に出ると日常茶飯事だった。イレイナはそれぞれの言葉に笑顔で受け答えする。
「あら、いいの? ありがとう」
「ほんと? じゃあ見てみようかしら」
「あなたはあんまりかわいくないわ」
屋敷にいるときより、外では一段と淑やかだった。人前での立ち居振る舞いをよく知っていた。
「アルフレッド、観劇のチケット取ってきて」
「承知しました」
劇場の受付は混んでいた。隣では、質素な上着の男が気楽な声で席を求めている。アルフレッドはイレイナから預かった財布を開き、短く告げた。
「貴賓席を一枚」
支払いを済ませると、タイミングよくイレイナが入ってくる。チケットを渡し、案内を添える。
「二階のバルコニー席でございます」
「そう。じゃあ私の感想、楽しみに待ってなさいよ!」
「楽しみにしております」
イレイナは軽い足取りで階段を上がり、劇場付きの従者に導かれて扉の向こうへ消えた。アルフレッドは廊下に残り、扉の前で静かに立つ。彼女は舞台が終わるといつも感想を語りたがる。最初は彼女の何気ない感想を褒めていただけだが、いつの間にか「アルフレッドは私の感想を楽しみにしてるのね!」と張り切りだした。それにより、女性向けの観劇を見ていないのに聞かされる感想だけで内容を詳しく説明できるようになってしまった。ネタバレをしないためにもイレイナとアルフレッドが一緒に観ることはなかった。
数分後、アルフレッドは持ち場を離れ、一階の受付へ戻った。
「すみません、いつもの空席はありますか」
「あるよ」
「ではその席を一枚」
「あんちゃん、毎回さぼって怒られないのか?」
「まだバレていませんから大丈夫ですよ」
受付と話しながら今度は自分の財布を使う。手に入れたチケットは、舞台から遠い列の端に近い席。図面で位置を確かめる。そこはちょうど、イレイナのバルコニーの真下に当たる。
席に向かうと、通路側の客が膝を引いた。
「すみません」
「いえいえ」
右隣は空席、左に先ほどの質素な男が座っていた。幕が上がった。楽団の音楽が流れ、劇団員が声を張り上げながら演じていく。
となりの男が肘掛けにもたれ、口元だけで笑った。
「調子はどうだ? 新人」
アルフレッドは視線をステージに向けながら返答する。
「絶好調です。あとアルフレッドと」
「あぁ、そうだったな。今の名前はアルフレッドだったか」
音に紛れるようになされる会話。
「じゃあ、報告してくれ」
短くて申し訳ないです。
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