ムロフーとママ
草原の中に、よく整備された一本の道が伸びている。
その上を、数台の荷馬車がガタガタと音を立てて進んでいた。荷馬車の少し後ろには、武器を持った兵士が十数人ついて歩いている。
この世界では、よくある旅の光景だ。だが、その一団の中に目を引く二人組がいた。
背丈が二メートルをこえる大男が馬に乗り、その大きな胸と手綱のあいだに、小さな子どもがすっぽりと腰を下ろしている。あまりにも体格のちがう、アンバランスな二人だった。
「ウマ、ウゴカセル?」
「動かせるよ」
「ジャ、カワル?」
「いや、いいよ」
ムロフーとアルフレッドが馬上で会話する。
(ムロフーが乗れる馬があることに驚きだ。しかも香水まで。洒落てるな)
鼻で息を吸うと、ムロフーの肩口からほのかにラベンダーの香りが漂う。さらに他の兵士たちは何の刺繡も施されていないが、彼の羽織るマントには、小さな花の刺繍。子どもに話しかけるときは必ず膝を折り、声を落とす。
ムロフーという男を知れば知るほどその巨体から想像がつかない優しさの塊だった。
(でも巨体は巨体。馬がベロ出して半分泡吹いてるぞ。がんばれ)
リオネット家の一行は本邸へ戻る途上にある。昨夜の館は別荘で、普段は別の街で暮らしているという。今回は、アルフレッドも馬車ではなく騎乗になった。自分で馬を操れるがそのことは伝えなかった。変に怪しまれる情報は伝えないことにした。乗れないことにしたら、ムロフーが前に乗せてくれたのだ。老執事も無言で馬に揺られている。
馬が白目をむいたころ、平原の果てに石の城壁が見えてきた。長くどこまでも続きそうな壁、見張り塔の旗が風に揺らめいている。門へ近づくとそこで列をなしていた人々が、ゆっくりと道を作ってくれる。門番はリオネット家であることを確認し、合図も短く通行を許した。
この国の土地はすべて神殿の管理下に置かれている。領主という身分は存在しない。けれど、神殿はその土地に根差した強い家に対し“保護と協力”の役目を渡し、対価を払うことにした。それでも紙の理屈より、力のほうが現実を動かすのが世の常である。そのため横暴に振舞う家もこの国に一定数存在する。
(リオネット家はそんなことせず好かれていそうだ)
沿道の人々が手を振り、子どもが小走りで追いかけ、店先の女将が頭をさげる。リオネット家はこの街の“守り”として正しく機能しているのだろう。
街中を置くまで進み、別称の倍以上ある屋敷がみえてきた。屋敷の敷地内にある広い広場で馬車はゆっくりと停止した。
「着いたわ!」
イレイナは馬車から軽やかに飛び降り、アルフレッドを見つけて言った。
「ままに挨拶しなくちゃ! アルフレッド、行くわよ!」
「わかりました」
荷を降ろしていたアルフレッドは頷き、イレイナの後に続く。ポステムと老執事も後ろにつく。
向かったのは大きな屋敷から少し離れた、こじんまりした屋敷。外門の前を二人一組の兵が静かに巡回している。門扉はよく手入れされ、蝶番のきしみもない。そこから敷地に入り、屋敷の扉を押し開ける。アルフレッドはこじんまりした屋敷の中に対し、年季の入った印象を受けた
廊下の先の部屋に入ると、正面がガラスで仕切られていた。
「まま!」
ガラスの向こう、ベッドにもたれて上体を起こす女性がいた。頬は少しくぼみ、肌は青白い。けれど、目元と唇の形はイレイナによく似ている。その女性は近くにあったポットから水をコップに注ぎ、一杯だけ飲み込んだ。
「帰って来たのね」
声はかすれていたが、笑みは柔らかい
「まま、パーティーでいい拾い物したの!」
(いったい何を拾ったんですか)
周りを見渡す。イレイナは何も持っていなかったが当然のようにアルフレッドの背中を押す。
「アルフレッドっていうのよ! ほら、あいさつしなさい!」
「お初にお目にかかります。イレイナお嬢様のご温情によりリオネット家にお仕えいたします、アルフレッドと申します」
(俺のことでした。拾われ者のアルフレッドです)
ガラスの向こうの女性の表情は変わらない。
「そう……良い子なの?」
「――あんまりいい子じゃないわ! パーティーで私に無礼を働いたの」
「ほぉ」
「ほぉ」
「……」
(拾ったものを捨てられたくないならそれは言わないで)
ポステムと女性は同じ反応を返し、老執事は何も言わない。
女性は小さく笑って咳払いした。
「あなたが気に入ったのなら、それでいいわ。パーティーに行った甲斐があったわね」
「……私は、ママともっとお話ししたいわ」
「ごめんなさいね。まだどうなるかわからないわ。もしかしたら、あと数日しか——」
「そんなこと言わないで!」
イレイナの声が部屋に響く。女性は言葉を選ぶように瞼を伏せた。
「いい子にしてなさいなんて言わない。悪い子でもいいから元気でいなさい。何かあったらパパに何でも相談するのよ」
「……わかったわ」
老執事が一歩進み出る。
「少し奥様と話してまいります。イレイナ様、アルフレッド、先に戻りの支度を」
「……」
「承知しました」
イレイナは短く頷き、扉を開ける。アルフレッドも続いた。去り際、部屋の中を一度だけ振り返る。女性はもううつむいており、表情を見ることはできなかった。
そのまま外に出て、屋敷に戻る。
「ままね、とても重い病気らしいの」
歩きながらイレイナがぽつぽつと喋りだす。
「ここ一年くらいずっと寝たきり。何の病気かはぱぱもままも教えてくれない。危ないから近づくなとしか言わない。今までよく一緒に寝てたのに。最後に寝たのだって……確か……」
うんうん唸りながら思い出そうとする。
「お嬢様は奥様をとても大切に思っているのですね」
「……そうよ! この世で一番好きよ!」
悩んでいた顔を上げて元気に口を開く。
それから母親の自慢話を、屋敷に着くまで話し続けた。
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