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正直者と嘘つき

 パーティーが終了したのは日が変わる直前だった。出席した人々が会場の外に待たせてある馬車に乗り込んでいく。アルフレッドはイレイナの背後に控え、会場をあとにした。


 すれ違う男たちの声が耳に入る。


「……あの商会、方針転換だってさ」

「商会長は現状維持でいいと言ってたろ」

「確か、“才能ある若者に任せるべき”って陳情が山ほど来たらしい」

「才能ある若者?」

「たくさん新商品を開発してる従業員がいるって噂だ」

「頭が切れるのか」


(方針転換、才能ある若者、開発……任務は変更。テイカーかバイカーの力を持つ子供が関係している。開発ってことは人為的に才能を生み出そうってことか? とりあえずこのまま従者の真似事を続けるのか)


 背後に手を回し、手首を二回回す。すると、先ほどまで会話していた男たちが会話をやめその場を離れていった。


 一つの馬車の前にイレイナが立ち止まり、外で待っていた老執事が扉を開ける。そこに乗り込んだイレイナを見届け、別の馬車にイレイナパパが乗り込んでいるのを目にしていると


「あなたも乗りなさい」

「ありがとうございます」


 アルフレッドは一礼し、同じ馬車に乗り込んだ。老執事の顔に変化はなかったが、目が冷たいように感じた。


 中は豪奢だった。柔らかな座面、揺れても零れないランプの火。初めての乗り心地に思わず背筋が伸びる。老執事が乗り込むと扉を閉め、馬車が動き出した。


 老執事は白髪で皺が深いが背筋は真っ直ぐ伸び、老いを感じさせなかった。


 そんな老執事がちらりとアルフレッドを見てからイレイナに話しかけた。


「お嬢様、本当にこの者を雇われますか」

「そうよ」

「しかし使用人なら他にも――」

「こいつは面白いの。少なくとも、私が見てきた誰よりも」

「……承知しました」


(貫禄ある爺さんの睨みは怖い。でも爺さん、俺もあなたと同じ気持ち)


 イレイナにバレないよう老執事が全力で睨んでくるが、アルフレッドは理解しているとばかりに頷いた。もっと睨みが鋭くなった。


(なぜスカウトされたんだ?)


 スカウトの理由がよくわからない。やったことと言えばダンスだけだ。そのダンスもイレイナの身分を考えれば常識外れであった。


 あの会場にいた誰よりもイレイナパパはオーラがあった。相応の社会的地位を持っていそうだ。そんな人の子供とダンスを踊った。本来なら無礼千万切り捨て御免で斬られてもおかしくない。


(おもしれ―男ってことかも)


「ねぇ、いつから給仕やってるの?」

「約一年ほどになります」

「給仕って仕事面白い?」

「そうですね、様々なお客様と会うことになるのでそういった意味では面白いかと」


 馬車の中ではイレイナがアルフレッドに質問しそれに答える声が広がる。アルフレッドは嘘がバレない程度にぼやかしながら答えていく。


 やがて馬車が止まる。門灯の先に大きな屋敷が見えた。


「ここがうちの別荘よ」

「立派でございますね」

「でしょ!」


 屋敷の扉を開けると深夜にもかかわらず従者たちが出迎え、イレイナが従者に従いその場を離れる。


「アルフレッド君。少し話せるかな」


 背後から落ち着いた声。イレイナパパだ。すぐに了承するとついて来るように言われる。背後に老執事がつき圧迫感を感じながら、イレイナパパが入った部屋に入る。重い扉が閉まり、紙と革の匂いが満ちた大きな書斎だった。イレイナパパはそのままソファに座るが、特に言われることも無いのでその場で立っておく。


「……」

「……」


 イレイナパパはアルフレッドを見つめたまま、しばらく口を開かない。


(ここで直接探るのは無理かな)


 イレイナパパが見つめてくる視線を受け止めながら考えを巡らす。


 アルフレッドが大人しくイレイナについてきたのは“情報“を盗むためだ。その方法はいくつもあり、訓練で十分に鍛え上げられた。文書の奪取、関係者からの聴取、現場確認。他にもいくつか種類があるが、この場は書斎であり目の前には情報を知っていそうな男が座っている。しかし、その男にじっと見つめられ、背後には老執事が監視している状況で下手なことはできない。


(任務期間は指定されてないから焦らずやっていくか)


「失礼します」


 そう考えていると書斎の扉が開き、従者が一枚の紙を差し出す。


「ありがとう」


 イレイナパパは紙に目を落とし、口を開く。


「出身はこの近くではなさそう。なぜあの屋敷で給仕を? よく入れたね」

「……給仕班長が同郷です。困っていた私を上へ掛け合ってくれました。子供でも働き者だ、と」

「なるほど」


 その後もいくつかの質問が為される。アルフレッドはそれに緊張しながら答えていく。その態度に周りの大人たちは疑問を抱かなかった。


 アルフレッドは大人たちの想像している理由とは異なる事情で緊張していた。


(その紙は“アルフレッド”の戸籍と経歴。作ったのは俺だ。穴はない……はず)


 イレイナパパの持っている紙は、アルフレッドがこの国に潜入するため用意した偽の戸籍情報だった。その紙を正しい場所に置いてきたのは昨日のことだった。どうやってこんな短時間で持ち出せたのか不明だが、アルフレッドが事前に設定した内容をイレイナパパは聞いてくる。


 その紙を制作し、情報の整合性も確かめたのはアルフレッド自身だった。初の実戦投入で緊張している。


(やっぱり敵に見られるのは緊張する)


 相手は敵。そう思うと俯いてしまう。


 きっと、イレイナは純粋な気持ちでアルフレッドを雇おうと思ったのだろう。悪意なんてなかったはずだ。馬車の中でも自ら質問をして、知ろうとしてくれた。そして自分が自慢できる話になると、胸を張って話してきた。微笑ましいひと時だった。


(俺の言葉がうそじゃなければ)


 ようやく満足したのか紙を畳み、イレイナパパは視線を上げる。


「とりあえず問題はなさそうだ。しばらく働いてもらい、様子を見よう」


 目が合う。そこに写るのは娘の願いを叶えるただの父親だった。


(申し訳ないと思ってる。招き入れた使用人がスパイなんて。しかも娘の推薦付きだ。俺に選択の余地はなかったけど、当事者として謝罪したい)


「私の名はポステム・リオネット。リオネット家の当主だ。よろしく」


 アルフレッドはその場で、片膝をつく。深く頭を下げる。


「よろしくお願いいたします、御当主様」


(秘密をもらえば帰るから、ほんの少しだけごめんなさい)


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