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任務と少女

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 初任務は、派手さのない地味な仕事だった。


 この国を直接動かしているのは教皇や枢機卿のような位の高い聖職者たちだが、今夜の会場に集まっているのは、国を動かすほど政治にかかわっている者たちではない。しかし、平民から見れば雲の上の存在――役人、商人、そして高貴な血筋を持つ者たち。彼らは政治の表舞台に立つわけではないが、声を掛ければ人や金、物資が動く一定の権力を握っている。彼らの顔と名前、様々な特徴を覚えること。それがこの任務のすべてだった。


 この時代にカメラは存在せず、似顔絵の技術も職人頼みで、現場で即座に使えるなんてことはない。だから人間が目で見て、脳で覚えるしかない。顔の特徴、仕草、癖、嗜好。それらをパーティーの給仕を行いながら覚えることができるのか試されていた。


 この任務は直接国益につながるものではないし、危険はまったくない。任務というよりは試験の側面が強く出ているものだった。


(正直、楽な任務だ。ばれないようにすれば、つまみ食いだってできる)


 トレーを片手に歩きながら、焼きたてのパイを指先でつまみ、口に放り込む。表面のバターが香ばしく、ほろりと崩れた。


 思わず頬が緩んだそのとき、視界の端に見たことがある姿が映る。二階のベランダで退屈そうにしていた、あの少女。煌びやかなドレスを翻し、一階の人混みを抜け、まっすぐこちらを見ていた。


 視線が合った瞬間、彼女は迷いもなく近づいてくる。盗み食いがバレたかもとドキドキしたが、用件は違った。


「さっきの見事だったわ!」

「ありがとうございます」


 褒められたため、一礼を返す。さっきのとは、二階で起きた試合の真似事のことだろう。そこまで高レベルなことをしていたわけではないが、子供同士の試合は珍しかったのだろう。少女は試合を見て少し興奮し、その気持ちを吐き出すため声をかけたと見当がついた。


(友達いなかったな、この子)


「あなた、”バイカー”でしょ?」

「そうでございます」

「私は”テイカー”よ!」


 その声は誇らしげで、どこか熱を帯びていた。先ほどまでの素っ気なさが嘘のように、勢いに満ちた目で言葉を畳みかけてくる。


「あなた、どうして私をダンスに誘ったの?」

「お嬢様が退屈そうにしているのは給仕として見過ごせませんでした」

「ダンス上手なのね。私と年齢変わらないでしょう?」

「十歳ほどになります」

「……私より年下なのね」


 愕然とした表情でアルフレッドの年齢を聞く少女。


「どうしてあなたここで働いているの? バイカーなら他に職ありそうだけれど」

「あまり物騒なことは苦手でして」

「でも強いわよね」

「いえいえ。先ほどはお客様に手加減していただきました」

「強いし私と歳も近い……敬語使えるし、なにより私をダンスに誘ったことが気に入ったわ」


 一人でぶつぶつ言葉を発していると、急に顔を上げて口を開いた。


「あなた、うちに来なさい!」


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。家に遊びに来いという意味ではない。異世界では「うちに来い」という言葉の意味は、「うちに仕えろ」と変換できる。明らかな命令で、相手の都合などお構いなし。少女の顔に断られる不安は一切なく、自信だけがのっていた。


(普通に無理)


 返答はイイエしかなかった。もうすでにスパイとして国に仕えている。前世地球の感覚から忠誠心なんてものはないが、わざわざスパイをやめたいとは思わない。


 こうなると、少し厄介なことになる。世の中には、断ってはいけない人間が一定数いる。生まれながらに他人の意思をねじ伏せる権力を持つ者たち。この会場にはそこまで大きな権力を持つ人はいないはず。しかし、目の前の少女の口ぶりがその権力に慣れ親しんだ者の言葉か、単なる子供の興奮による言葉か、判断することができない。


(こういう時は仲間に頼るのみ)


 自然な動作で手を後ろに回し、微細な指の動きで合図を送る。近くの出席者の一人がすぐに反応した。


「給仕、こっちに来てくれ」


 低い声が響き、助け船が渡された。出席者としてこの場にいるが、実際は監視兼サポート役として来ている仲間だ。アルフレッドはその声に軽く頭を下げると、少女へ向き直る。


「申し訳ありません、仕事中ですので」

「ちょっと!」

「失礼いたします」


 少女の抗議を背に受けながら、彼は背を向けた。出席している人間が呼んだ給仕をその場にずっと留めておくのは迷惑な行為である。常識的に考えれば仕事が済むまで待つのが礼儀だ。



『――待ちなさい!』



 その声が響いた瞬間、アルフレッドの体が硬直した。足が床に縫い留められたように動かない。腕も指も、まるで自分のものではない。


(なっ!)


 一瞬の動揺、すぐに情報を集めるべく唯一動かせる眼球だけを使って周囲を見渡す。笑顔のまま固まる男、食べ物を口に運んだまま止まる女。グラスにワインを注ぎ、中身があふれだしているのに何の表情も変えない給仕。


 少女の周りだけが静止画のように固まった。ある程度遠くにいた仲間も動揺している。しかし確実に動いていることを確認できた。


(こんなことができる奴は、”テイカー”でも“神通持ち“しかいない!)


 鼓動が早くなっているのを感じ、少女がゆっくりと歩み寄る音が聞こえる。この異常に少女から離れた大人たちも気づき始めた。


 本来であれば“テイカー”と呼ばれる人種は炎の玉を出すといった自然現象の延長線を人の体で発現させることしかできない。少女が褒めた試合、炎の玉を出してきた少年は普通のテイカーだった。


 しかし、今起きている現象は普通の“テイカー”の能力としては逸脱しすぎている。スパイ訓練中に“テイカー”の能力として「人の意思に反して行動を抑制する」なんて聞いたことがない。


 このような特殊な能力を“テイカー“の中でも“神通持ち“と呼び、特殊な能力を持つ人種は総じて権力が高い傾向にある。


(つまり俺は、権力者の娘を給仕という身分なのにダンスに誘い、高貴な血筋を持つ娘の誘いの言葉を間接的に断ったかもしれない。……初任務は楽じゃないな)


 スパイとしてこれからやっていけるのか不安を覚えた。


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