もう一度
二人は同時に地面を蹴った。
互いにテイカーであり、常人とは比較にならない速さで接敵。
ライナーは周囲の木々を一瞬だけ確認し、邪魔にならない最小限の軌道を選ぶ。大振りはしない。コンパクトだが、十分に殺傷能力を秘めた横なぎの一撃を放った。
アルフレッドは、短いリーチしかない短剣でその一撃を受け止める。刃と刃がぶつかり、甲高い音が森の中に散った。
だが、体格差というものは、どうしようもなかった。大人と子供。筋力も体重も、根本的に違う。
受け止めた瞬間、衝撃が腕から全身へ走り、アルフレッドの体は軽々と弾き飛ばされる。
背中から地面に叩きつけられ、体内から空気が吐き出される。
「そもそも、お前が俺たち相手に生き残っていたこと自体が奇跡だ」
ライナーは追撃に移らず、その場で静かに剣を構え直した。息も乱さず、ただ事実を告げるような声で言葉を続ける。
「それは、一対一になったとしても変わらない。そしてお前がいくら回復のすべを持っていても、不意打ち以外で殺せない」
アルフレッドは地面に転がったまま、じっとライナーを見返した。
「だが、もう俺は油断しない。だから、お前に勝機はない」
「……その思いこそ、油断につながるんだ」
言葉ではそう返したものの、心の中では別のことを認めていた。
(不意打ち以外で殺せないって点については、反論できないな)
追ってこないライナーの様子を見て、アルフレッドはゆっくりと立ち上がる。膝がわずかに震え、右腕の付け根にはまだ鈍い痛みが残っていた。
ふと、老執事に言われた言葉が頭の中でよみがえる。
『しかし、守っていては勝つことはできない。それなのに攻めるそぶりがみられなかった。試合としては不合格ですが、ルールがない一対一の戦いならば、隙をついて逃げることができるでしょう』
一対一であれば、逃げることはできる。
正確に言えば、逃げることしかできない。
勝利できるとは全く考えていない評価だった。
だがそれは、今の状況をそのまま表していた。
ここまでに殺した三人は、不意打ちで倒した。戦いというより、瞬間的な処理に近い。真正面からのやり合いではない。
だが今は、ライナーと一対一。他に気を取られる要素はなく、ライナーの意識はすべてアルフレッド一人に向けられている。
(……それもわかっていたことだ)
アルフレッドは息を吐き、ライナーから視線を外すと、一歩下がり、木の背後に回り込んだ。
「なんだ、正面から戦わないのか?」
ライナーが声をかける。しかし、アルフレッドからの返事はない。
「……次の作戦でも始めるのか」
ライナーは短く言い、腰を落として神経を研ぎ澄ませた。
森の中に、草を踏みしめる音が複数走る。右から、左から、前方から。少し離れた位置からも音がした。
だが、音のした方向へ視線を向けても、そこにアルフレッドの姿はない。
「小柄で素早い分、この森には紛れ込みやすいな。隠れながらやることと言えば――」
ライナーはそう呟きながら、背後へ振り向きざまに剣を振り下ろした。
カンッ、と金属がぶつかる音が鳴る。
足元には一本のナイフが落ちていた。
ライナーはそれにちらりと目をやり、ため息をひとつ吐く。
「ナイフか。まぁ、大量に持ち運ぶってなったら、そのくらいの軽さじゃねぇとな」
そう言いつつ、彼は立て続けに剣を振るった。
右へ。左へ。上から。斜めから。
そのたびに甲高い音が生まれ、飛んできたナイフが次々と地面に弾き落とされていく。
「だがな――」
八本目、九本目のナイフが落ちる。
「こんな、ろくに威力も乗ってないナイフじゃ、俺は殺せない」
十本目のナイフを叩き落とした瞬間、ライナーは大きく膝を曲げ、横なぎに振るうための力を全身にためこんだ。
「だから、お前は――」
言い切るより早く、ライナーの視線は前方をとらえた。そこには、猛スピードで突っ込んでくるアルフレッドの姿があった。
「そう来るしかないよな!」
ライナーから少し離れた地点で、アルフレッドは地面を蹴り上げた。そのままジャンプし、両手で短剣を構え、頭上から突き立てるように飛びかかる。
ライナーは、その動きに合わせて全力で剣を振り抜いた。刃と刃がぶつかり、大きな火花が散る。
アルフレッドの体は、再び凄まじい勢いで吹き飛ばされた。今度は、近くにあった太い木の幹の方へ。
「面倒くさい小細工は――」
“もうやめろ”、そう言いかけて、ライナーは言葉を飲み込んだ。
吹き飛ばされたアルフレッドの体が、木の幹にぶつかる。幹がしなる。葉が揺れる。
だが、アルフレッドのぶつかり方が妙だった。
背中でも、腹でもない。彼は両足で幹に着地し、そのまま深く屈み込んでいた。
その姿勢は、まるで――
跳躍の直前。
地面から飛び上がるために、全身の力をためているような格好だった。
ライナーが、その意味を理解したのと、幹からアルフレッドが発射されたのが、ほとんど同時だった。
さきほどとは比べものにならない速度。しなる木を足場にしたテイカーの跳躍は、音を追い越す一瞬の矢となって、ライナーへ向かう。
「っ――!」
ライナーは反射的に剣を持ち上げた。防御の形を取るというより、ただ「そこに剣を置く」ことで精一杯のタイミングだった。
アルフレッドは、両手で短剣を握りしめ、ただ刃を立てる。振るうというより、自分の体ごと相手へぶつけにいく。
凄まじい衝突音が響いた。
何が起こったか、ライナー自身にもすぐには理解できなかった。
木の幹からアルフレッドが弾かれた瞬間は見えなかった。ただ、次の瞬間には、アルフレッドの体が近くの地面に転がっていた。また右腕が切り落とされていた。
だが、何かがおかしい。
アルフレッドの手には、もう短剣がない。
次に、ライナーの頭に入ってきた感覚は――
自分の首に、冷たいものが深く突き刺さっているという事実だった。
「……また、不意打ちかよ」
喉からこぼれる声は、もう自分のものではないようにかすれていた。首元からあふれ出した血が服を濡らし、全身から力が抜けていく。
ライナーはその場に仰向けに倒れ込んだ。
見上げた木々の葉が、少しずつ霞んでいく。
遠くで、アルフレッドがよろよろと立ち上がる気配がした。アルフレッドは地面に転がっている自分の右腕を拾い、その肩口へ押し当てる。
「……お前、腕切られればいいって……思ってないか」
ライナーは、遠ざかっていく意識を、無理やり引き戻しながら言葉を紡いだ。
「腕切られるのだって、痛いんだぞ」
「…………そりゃ、そうか」
アルフレッドは、顔をしかめながら腕をくっつけていた。
ライナーは、その答えを聞いて、ほんの少しだけ口の端を上げた。
そして、そのまま意識の糸がぷつりと切れた。
森のざわめきだけが、元のように戻ってくる。
「……間に合うか?」
アルフレッドは誰に聞かせるでもなく、小さくそうつぶやいた。
ちらりと視線をライナーに向ける。短い時間ではあったが、名を交わし、剣を交えた相手だ。ほんの一拍だけ目を閉じ、黙とうを捧げる。
それから、ゆっくりと踵を返した。
不安定な足取りで、森を抜ける方向へ歩き出す。
アルフレッドは一歩ずつ、足を前へ運んでいった。
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