なぜなのか
「なんでここに人がいる! 気配なんてなかったはずだ!」
切り飛ばされた首のない体から、血が勢いよく吹き出していた。その死体のすぐ背後に、黒い衣装をまとった人影が立っている。
頭からつま先まで黒で覆われ、目元以外は何も見えない。男か女かもわからないその影は、無言のままイレイナの体をそっと抱き寄せると、軽々と抱き上げた。
イレイナの頬には、飛び散った血が細かく点のようについている。しかし、黒装束の人物はそれを拭おうとはしなかった。
「くそっ、仲間がいたのか」
一人の男が歯噛みして、即座に剣を構えようとする。
「気をそらすな!」
「わかってる――」
リーダーらしき男が飛ばした忠告に、その男は反射的に返事をした。
だが、その言葉に続きはなかった。
「まだガキは死んでない!」
遅れて投げかけられた忠告が届いたとき、すでに一人の男の首は跳ね飛ばされていた。
残るもう一人は、ぎりぎりのところで剣を振り上げ、防御が間に合った。
「……あと二人」
ボロボロの体で、アルフレッドが小さくつぶやいた。
顔色は紙のように白い。
さきほど深く斬り裂かれた首筋には、もう血が流れていない。そして、吹き飛ばされたはずの右腕も、今はくっつき動いている。
ただし、それらは「元通り」ではなかった。
首には、肉が無理やり盛り上がったような、不格好な傷跡が残っている。右腕の付け根には、ちぐはぐな継ぎ目のような線が浮かび、自然なものには見えない。
さらに、体のあちこちには、さきほどまではなかった血管のような太い管が浮き上がっていた。
リーダーらしき男は、愕然とした表情でアルフレッドを見つめた。
「……お前、超回復まで扱えるのか。……俺でさえも耐えきれなかったのに」
「大人だろ。我慢しろよ」
アルフレッドは、そばの木に手をつきながら答えた。足元はまだおぼつかず、体はふらついている。
「なんだよっ、超回復って! こいつ死んだんじゃなかったのかよ!」
仲間をまた一人殺された男が、半ば悲鳴のような声を上げた。呼吸は荒く、動揺が隠せない。
「……テイカーは、身体能力の向上が主にできることだ。筋力、柔軟性、関節の可動域。すべてが、普通の人間からかけ離れたものになる。そしてそれは、体の“回復”にも当てはまる」
リーダーらしき男が、静かに口を開いた。
説明するような口調だったが、その目はずっとアルフレッドから離れない。
アルフレッドは黙ってその言葉を聞き、黒装束の人物は、イレイナを抱えたまま、ただ無言でそこに立っていた。
「今、こいつがやったみたいに、腕をくっつけるなんて芸当も、理屈の上ではできる。もちろん、代償もあるがな」
リーダーはひと呼吸おいてから、指先でアルフレッドを指さした。
「だが、代償を払っていることより驚くべきなのは、“こいつが超回復を使えている”という事実だ」
アルフレッドの体には、浮き上がった血管のような線が、網の目のように走っている。
「血管のように見えるそれは、体内に流れる元気血……能力を発動させるために必要なエネルギーだ。それらを高速で流すことで、回復を行っている。この“高速で流す”という行為だが……」
そこでリーダーは言葉を切り、アルフレッドを凝視した。その瞳には、敵を見ているだけでなく、何か別の感情、尊敬に近い色がにじんでいた。
「それが何なんだよ」
徐々に落ち着きを取り戻しつつあった男が、続きを促した。
「――めちゃくちゃ痛いんだ」
「……はぁ?」
男の口から漏れたのは、呆れをたっぷり含んだ声だった。
「お前には想像もつかないだろう。この痛みが、このつらさが。超回復を“まともに”使えるようになるまでの、耐えがたい苦痛が」
苦しそうな表情を浮かべ、胸に手を乗せる。
「テイカー以外に理解はできやしない。俺はそれに耐えきれなかった。訓練の途中で降りた。軍からも逃げ出した。それくらいの痛みだ」
リーダーは一度目を閉じ、記憶を振り払うように首を振る。
「それをだ。実戦のど真ん中で、腕をくっつけ、さらに回復しながら、人を殺してみせた。子供がだぞ?」
言い終えたあと、リーダーはしばし黙り込んだ。そして、最後に残った男へと視線を向ける。
「お前は女と黒装束を追え。油断するなよ」
「……わかった」
男は唾を飲み込み、黒装束とイレイナの姿を追って森の奥へ走り出した。
いつの間にか、黒装束の姿は木々の間へ消えかけている。
その場に残ったのは、アルフレッドとリーダー――二人だけだった。
互いに一歩、距離を測るように歩を進める。
「お前を、尊敬してしまう」
リーダーは正面からそう言った。
「ありがとう。素直にうれしい」
アルフレッドは、荒い呼吸を少しずつ整えながら、短剣をゆっくりと構え直す。
右腕は重く、痛みは消えていない。それでも、その手ははっきりと刃を握りしめていた。
「だが、仕事は互いに果たさねばならない」
「確かにな」
リーダーもまた、剣を立て、腰を落とす。
目に宿るのは、覚悟の色だった。
「俺の名はライナー。お前の名前も、聞かせてくれ」
「……俺の名前は――」
アルフレッドが紡いだ名は、森の風に乗り、ライナーの耳へと届いた。
「不思議な名だ。だからこそ、忘れない」
「俺も、多分忘れない」
短い言葉を交わし、二人は息を合わせるように一瞬だけ静止した。
次の瞬間、その静寂を断ち切るように――二人は同時に駆け出した。
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