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決定的な

 屋台が、道沿いにずらりと並んでいた。甘い匂いと油の匂いが混ざり合い、子供たちの笑い声がそこら中であふれていた。


「あ、ポステム様たちだ!」


 一人の少年が、はしゃいだ声で道の向こうを指さした。視線の先から、飾り布を巻きつけた馬車がゆっくりと近づいてくる。周りにいた兵士が子供たちに声をかけた。


「さぁ、馬車が通るぞ。危ないから少し下がっていろ」

「はーい」


 子供たちは名残惜しそうに屋台から一歩下がる。それでも目だけは、近づいてくる馬車をじっと追いかけていた。


「すぐそこの広場で、開会のお言葉をポステム様が述べられる。時間があれば、ぜひ聞きに来い!」


 兵士が声を張り上げているあいだに、馬車は子供たちの前を通り過ぎていった。馬車の向かう先には、人であふれた広場がある。




「ポステム様、こちらに」

「あぁ」


 広場に到着すると、迎えに出てきた代表者が先頭に立ち、ポステムを壇上へと案内した。壇上は木で組まれ、布で簡単に飾られている。


 その前方には、期待に満ちた視線の民衆たちが集まっていた。その少し離れた場所、壇上の袖にイレイナたちは控えている。


「何か面白そうな屋台あった?」

「いくつか見つけました」

「じゃあ、それ全部買ってきてね!」


 ポステムの背中を見送りながら、イレイナがアルフレッドに命じた。声は弾んでいる。祭りを心から楽しみにしているのが、誰にでもわかった。


「お嬢様、何を食べるかは、私を通して決めてください。アルフレッドも、むやみに買うな」


 すぐ横で老執事が渋い声をかける。


「なによ! お祭りでしょ!」

「お祭りでもです。アイスを食べすぎていなければ、多少多く食べてもよかったのですが」

「うぐっ……」


 痛いところを突かれたのか、イレイナは顔をしかめた。外出のたびにアイスを食べていたコトを、老執事は見逃していなかった。


 壇上の袖には、イレイナと老執事、数人のメイドたち、それに護衛が控えている。ポステムの言葉を間近で聞くための席でもあり、万が一に備える場所でもあった。


「さぁ、待ちに待った皆の衆!」


 壇上では、街の代表者が大声を張り上げていた。


「祭りをすでに楽しんでいる子供たちも多いだろうが、ポステム様のお言葉をもって、正式な開会とする! それではポステム様、お願いいたします!」

「あぁ」


 男はすばやく身を引き、壇上の中央をポステムに譲る。視線が、一斉にポステムへと集まった。


「風もなく雨もない。いい天気にこの日を迎えられて、うれしく思う。皆が作り上げたこのお祭り、娘と一緒に楽しませてもらう」


 穏やかな声に、広場の空気が少し柔らいだ。ポステムがさらに言葉を紡ごうと口を開いた、そのときだった。


「ちょっと待て!」


 人の波の一角から、鋭い声が上がった。近くにいた民たちは驚き、そのすぐあとに苛立ちを顔に浮かべる。


「おい! 今ポステム様が――」

「黙ってろ!」


 止めようとした男の肩を、別の誰かが押さえつける。最初に声を上げた男の周りに、素早く人の輪ができ始めた。まるで彼を守るように、数人の男たちが立ち位置を整える。


「何か、言いたいことでもあるのかな?」


 予定にない展開に、代表者の男が蒼い顔をしている。しかしポステムは、穏やかな声で声が聞こえた方向に言葉を投げかけた。


「今、壇上で偉そうな顔をしている男を、信じて本当にいいのか! この男は、全く信用ならん男だ!」


 ポステムの呼びかけには答えず、男は民衆に向けて叫ぶ。広場のざわめきが濃くなる。


 ポステムは、男の言葉を冷めた表情で聞いていた。


 老執事は険しい顔を崩さず、イレイナは嫌悪を隠そうともせず、その方向をにらむ。


 兵士たちが声を上げた男に詰め寄ろうとするが、輪になった男たちがその道をふさぐように立ちはだかった。


「先ほど、娘と一緒に楽しもうと言っていたが、そんなものは嘘っぱちだ! 本当は息子を愛しているんだ! しかも別の女との間に生まれた子だ!」


 広場のあちこちから、どよめきともつかない声が漏れる。


 兵士たちは、なるべく武器を抜かずに取り押さえようとしていた。だが周りの男たちに遮られ、思うように近づけない。じりじりと距離を詰めながら、何人かの手が剣の柄へと伸びていく。


「なぜなのか! なぜ別の女との間なのか! 今の奥さんが嫌いになったのか! いや違う! リオネット家にいる奥さんは、もうすでに、死んでいるからだ!」


 その瞬間、空気が裂けるように変わった。


『止まれ』


 たった一言だった。だが、声を上げていた男も、その周囲で彼を守ろうとしていた者たちも、兵士たちも――全員が動きを止めた。兵士の一人は、剣を振り上げた姿勢のまま、まるで糸が切れた人形のように固まっている。


「祭りに流血は適さないよ」


 ポステムが静かに言った。声を荒げることもないまま、淡々と続ける。


「それと、変な言いがかりはよしてくれ。妻は体調が悪くて、皆の前に出られないだけだ。……では、開会とする」


 それだけ告げて、ポステムはさっさと壇上を降りた。街の代表者は口をあけたまま固まり、民衆も状況が呑み込めずにいた。今の短い言葉が、本当に“開会宣言”だったのか――理解するまでに、少し時間が必要だった。




 壇上から降りると同時に、ポステムは老執事へ顔を向けた。


「今すぐ、あの男を連れてこい」

「すでに兵士を向かわせております」

「……なぜ、あんなことを言ったかわかるか?」

「いいえ。まったくもって」


 老執事は変わらぬ口調で答えたが、目は鋭く男たちの集団を見据えている。ポステムもまた険しい表情で、男のいた方向を見つめていた。


 苛立ちが、組んだ腕先ににじみ出ている。ポステムの右手の人差し指が、落ち着きなく腕の上をとんとんと叩き続けていた。いまだに「止まれ」の命令が残っているのか、輪になった集団は動かない。


 そこへ兵士たちが近づき、一人ずつ縛り上げていく。


「当主様、こちらを」


 少し離れた場所で待機していたメイドの一人が、小さなお盆に乗せたお茶を差し出した。


「あぁ」


 ポステムはそちらを横目で見て、手を伸ばす。


 そのときだった。


「……待て。お前、うちのメイドにいた顔か?」


 お茶を受け取る寸前で、ポステムの手が止まった。一瞬だけ視界に入ったメイドの顔。その違和感が、彼の警戒心を鋭く引き起こす。ポステムは体の向きを変え、改めてそのメイドの顔をじっと見つめた。


 次の瞬間、メイドのお盆の上から、鋭く光るものが飛び出した。それは、まっすぐにポステムの胸元を狙っていた。


『『止め』』


 ポステムに向かって、老執事ともう一つの声が、全く同じ言葉を重ねた。凶行に走ったメイドの動きが、空中でぴたりと止まる。


 刃先はポステムの衣服に触れる寸前で止まった。


「当主様!」


 周囲の視線が一気にメイドに集まった。


「ぱぱ!」


 イレイナが声を上げポステムを振り向くのと同時に、風でドレスが少しなびいた。


 アルフレッドは、風景をゆがませる風がポステムに向かっていくのをじっと見つめた。


 ポステムが服を払い鼻を鳴らす。


「怒りで前が見えないと、油断したと思ったか?」

「やはり誰でも油断する」


 誰のものとも知れない声が、風から出てきた。次の瞬間、その風の軌跡が、鋭くポステムの喉をかき切る。


 それと同時に――


 壇上の袖では、イレイナの首元に、アルフレッドの手刀が落ちていた。


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