心の中で思うのは
授才教――この世界で、もっとも多くの人に信仰されている宗教だった。
その教えは、驚くほど単純にまとめられる。
『才能は神から与えられたものである。神を称えよ』
ただそれだけ。
食べてはいけないものもない。付き合ってはいけない相手もいない。禁じられているのは、テイカーとバイカーの能力を、どう使うかという一点だけだった。
信仰の深さを問われることもない。ただ、自分に与えられた力を勝手気ままに振るわないよう教えを説く、授才教という宗教のかたちだった。
アルフレッドは、その教えに詳しいわけではなかった。だが、目の前の石像の名前くらいは知っている。
「エーガサ神に祈りを」
案内された席に腰を下ろし、両手を胸の前で組む。目の前にあるのは人の何倍もある石像。男性をかたどった石造が静かにこちらを見下ろしていた。
エーガサ神。
才能というものを人間に与えた、絶対唯一の神。この街だけでなく、遠く離れた国々も同じ神に対して祈りを捧げている。
多くの信仰を集めるエーガサ神。この神がやったといわれていることは多くない。むしろ少ないと言えるほどだった。
前世、地球で信仰されていた数々の神々のように、大地を造ったわけでも、人を土から生み出したわけでもない。ただ「テイカー」と「バイカー」という能力を人間に与えた。伝えられているのは、それだけだ。
(あんまり興味ないな)
隣には、真剣な横顔のイレイナがいるため、アルフレッドは慇懃な表情で祈りを捧げている。しかし、その表情と裏腹に、アルフレッドは内心で肩をすくめた。
異世界に来る前から、宗教に興味はなかった。
この世界に転生してからも、胸のうちに「神」を感じたことは一度もない。
それでも、一つだけ気になることがある。
これに神が関わっているのなら、もう少し授才教にも目を向けられる。
(なぜ、この世界で日本語が使われているのか)
神が実在するのかどうか、アルフレッドにはわからない。ただ、この世界には、日本としか思えない痕跡がいくつか残されている。その代表的なものが、日本語だった。
(流暢に日本語を使えるせいで、上官の目に留まったとも言えるな)
アルフレッドがスパイになった理由のひとつ。それは、この世界にしては異常なほど、日本語を自在に扱えたことだった。
この世界では、文字を読むことのできる者は限られている。本に触れる機会も少ない。そんな環境で、ぽんぽんと漢字を書き散らかしていれば、「おかしい」と思う者が出てくるのも当然だ。
当時のアルフレッドは、そのことを深く考えずにいた。だからこそ、上官の目に留まり、スパイとして拾われた。
(名前や建築様式は西洋文化を取り入れ、言語だけ日本語を使う)
石造りの神殿やリオネット家の屋敷。高い柱、尖ったアーチ、重厚な扉。西洋風の雰囲気をまとった建築物ばかりだった。
転生したときから、アルフレッドはこの世界に「あべこべな違和感」を抱いていた。
(神がいるかどうかは、正直興味はない。でも、この世界に元日本人の俺が転生したのは、偶然なのかどうかは知りたい)
自分だけが「違う世界」から放り込まれたのか。それとも、この世界そのものが、最初からどこかと繋がっているのか。この世界の大きな謎。
重大な秘密は、きっと世界の権力者、それも上澄みたちしか知らないだろう。
それを知るため、スパイとして上り詰める。
アルフレッドは、そんなことをぼんやりと思いながら、祈りの体勢を続けていた。
「どう、このドレス! とってもかわいいでしょ! ままも褒めてくれたのよ!」
「大変お似合いでございます」
(それはいいけど、香水きついな)
何度目かわからないやりとりだった。アルフレッドは、できるだけ自然な笑みを貼り付け、いつも通りの従者らしい返事をする。
本当を言えば、少し距離を取って鼻を休めたい。けれど、目の前でくるりとドレスの裾を翻しながら笑うイレイナが、それを許してくれそうにはなかった。
「お祭りでしょう! もっと元気出しなさいよ!」
「そうですね。ようやくですね」
(案外短かったな)
神殿で祈願を終えてから三週間。街では着々と準備が進められ、今日はついに祭り当日となった。
今、二人がいるのはリオネット家の一室。窓の外からは、街中からの喧騒が風に乗って聞こえてくる。
もうじき、街の代表者が屋敷まで迎えに来る手筈になっていた。代表者と共に祭りの中心部へ向かい、開会の宣言を行う。そこから街全体のお祭りが始まる。それが、今日の表向きの流れだ。
今は、その「迎え」を待つ時間だった。
「アルフレッドは、なにか見て回りたいものはあるの?」
「このお祭り自体、よくわかっていませんからね。どのようなものがあるのですか?」
「いろいろあるわ! えっとね――」
イレイナは指を折りながら、一つずつ数えていく。大通りを練り歩くパレードに音楽に合わせて踊る一団。屋台で売られる甘いお菓子と、こんな時にしか食べられない体に悪い油もの。
話しているうちに、イレイナの表情はどんどん生き生きとしていく。その横顔を眺めながら、アルフレッドは別のことを考えていた。
(準備は万端。敵もしっかり把握済み。あとは、自分の覚悟だけ)
街の中では喧騒にまぎれ、よそのスパイが動いている。
こちらが仕掛けるには、これ以上ない舞台でもあった。
イレイナの言葉に、アルフレッドは適当に相槌を打ちながら、頭の中でまったく別の予定を思い浮かべていた。
祭りで使われない、外につながる一本道。一定の重さを抱えても、十分な速さを保てるか。
胸の奥で静かに燃えるものを悟られないように、アルフレッドは背筋を伸ばした。
廊下の向こうから、足音が近づいてくる。老執事の姿が見え、彼は軽く一礼した。
「お迎えの方々が到着されました」
「いよいよね!」
イレイナがぱっと立ち上がる。ドレスの裾がふわりと揺れ、香水の甘い匂いがもう一度強くなった。
「行くわよ、アルフレッド!」
「はい。お供いたします」
アルフレッドはイレイナの後ろに一歩下がって、歩き始めた。
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