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健気で可愛いあの子を愛でたい

「面白い男だからよ。付け加えるなら、強いとも思ったから」


 イレイナは、以前口にした理由をそのまま繰り返した。


最初にそれを聞いたとき、アルフレッドとイレイナの関係はそこまで深くはなかった。だからあのときは、わざわざ踏み込んで聞くほどでもないと流してしまった。


 けれど今は違う。


雇われてから一か月以上、ほぼ毎日顔を合わせている。日常会話は普通にできるし、どこまで冗談を言っていいかもわかってきた。表面に出ている性格なら、おおよそ掴めている。


 だが、知っているのはあくまで「表面」だけだ。その奥にある考えや価値観、本当に大事にしているものは知らない。


(何か起きる前に知っておきたい。知ることで、なにかが変わるかもしれないから)


 だからこそ、アルフレッドはもう一度問い直した。


「では、その“面白い”とは一体何ですか?」


 イレイナはアイスを少し傾けて、肩をすくめる。


「面白いは面白いでしょ」

「私のどこに面白さを感じたのですか? お嬢様をダンスに誘った無礼さですか? お客様からの喧嘩を買った常識外れの行動ですか?」

「……うー」


 イレイナは言いにくそうな表情を浮かべ、喉の奥で唸る。


アルフレッドは、その横顔をまっすぐ見つめながら、急かさずに待った。

 

イレイナの手に握られたアイスが、ゆっくりと溶け始める。二滴ほど、石畳の上に垂れ落ちた。


「……あなただけだったの。能力を使って興奮したのは」


 ぽつりとこぼれた一言に、アルフレッドの喉がごくりと鳴いた。

(どっちの意味だ。俺が能力を使われて興奮したのか。それとも、イレイナが能力を使って興奮したのか。どちらにしろ、不穏でしかない)


 日本語の曖昧さを恨みながらも、彼は黙って耳を傾ける。


「私の能力、知っているでしょう? “人を操る”能力」


 イレイナの声が、少し低くなる。


「それは、使用人たちに指示を出して言うことを聞かせるのとは全く違うの。使用人に『ナイフで自分を刺して』なんて言っても、普通なら行動には移さないでしょう? 怖いし、痛いし、死にたくないもの」

「……」

「でも、私の能力は違う。相手を生かすも殺すも、私次第なの」


 イレイナは視線を落とし、暗い表情を浮かべた。


「私がもっと小さかったころ、自分で能力がうまく制御できなかった時期があったの。まだ遊び半分で力を使っていたころね」


 イレイナは膝の上のアイスを見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「そのとき、大好きだった使用人に『空を飛んでみて』って言ったの」

「……」

「そうしたら、その人は二階のベランダから飛び降りたの」

「……」

「おかしいでしょう? 人は空なんて飛べないのに。それでも“空を飛ぶ”を少しでも実行しようとした結果が、飛び降りなの。大好きな使用人が、『無理です』『できません』って拒んでくれたら、きっとあの時の私は納得したと思うわ」


 イレイナは、アイスをより強く握りしめた。


「でも、能力を使ったら『できない』なんて答えはないの。できる限りのことを尽くすのよ。自分の身を顧みずに」

 

あまりに理不尽な能力だった。命令された側の意志が、ほとんど介入する余地もない。


「能力の副作用なのかわからないけど、操った人の思いが少しだけ読めるの。考えそのものがわかるわけじゃないけれど、感情は伝わってくるの」

「……」

「飛び降りたその人は、幸いにも命は助かったの。でも、怪我はしていたわ。だから大慌てで近づいたの。床に叩きつけられた体を抱き起こそうとして……」


 そのときには、すでに能力は解けていたらしい。イレイナは小さく息を整え、言葉を続ける。


「自由に体を動かせるようになった使用人は、私を見上げていたわ。いつも優しくて、笑顔で接してくれた人。その人の顔が、引きつっていたの」


 彼女の瞳が、少しだけ揺れる。


「使用人の頭の中は、恐怖でいっぱいだったの。まるでバケモノを見ているかのような視線だった。私のことを見ているのに、私を見ていなかった」


 日が暮れ始め、赤に色づく。人通りは、さっきより少し多くなった。


「それがきっかけでね。私は自分の力があまり好きじゃなくなったの。できるなら、なるべく使いたくない。嫌がる相手に使うなんてもってのほかだと思ってる」


 イレイナは視線を落としたまま、ぽつりとこぼす。


「パパのことは好きよ。でも、無理やり人を操る仕事をしているパパは、あまり好きじゃない。ましてや、私よりも小さい子なんて……」


 その言葉に、アルフレッドの耳がぴくりと動いた。だが何も言わず、ただ黙って聞き続ける。


「そんな怖い能力を持っているから、あまり友達もできなかったの。パーティーではいつも一人ぼっちだった」

 

イレイナは、ふっと苦笑する。


「でも、一人の給仕が、私をダンスに誘ったの」


 そこで初めて、イレイナは横目でアルフレッドを見た。口元に小さな笑みを浮かべている。


「おかしいでしょう? 給仕がお客とダンスを踊るなんて、私、初めて見たわ。だから最初は、興味本位であなたに声をかけたの。使用人として家にいたら、面白いかもって思ったの」

「……」

「でも、あなたが素っ気なく対応するから、つい焦って能力を使ってしまったの」


 イレイナの肩が、少しすくむ。


「すごく後悔したわ。せっかく見つけた面白い人なのに、きっと私のことを恐れるって思ったから。周りの大人たちも、動きが止まっていたでしょう? あの時、私にはわかったの。みんなの中に、動揺のあとにじわじわと恐怖が広がっていくのが」


 イレイナは、ベンチからそっと立ち上がる。夕日を背に、アルフレッドのほうに向き直った。


「だからアルフレッドも、同じだと思ったの」


 風が、イレイナの髪を揺らす。


「でも違った」


 イレイナの瞳が、真っ直ぐにアルフレッドを捉えた。


「あなたは、動揺のあとに“どうにか動こう”って必死にもがいていた。生きるために必死で、恐怖なんて微塵も感じていなかった」

「……」

「でも、私の能力は強力で、あなたには何にもできていなかった。体は全く動かせていなかった」


 イレイナは、そこで一拍置いてから、静かに笑う。


「そんなふうに、必死に動こうとして、それでも何もできていないあなたを見て、私、とっても興奮したの」


 夕日の赤が、イレイナの頬を染めているのか、それとも違う感情のせいなのか。その顔はほんのりと赤く見えた。


「なんて健気で、可愛いんだろうって。そんなふうに誰かを思ったのは初めてだったの。体が震えて、『絶対にこの人は持ち帰らなきゃ』って思った」


 イレイナは両手を胸の前で重ねる。


「こんなに面白い人、他にいるかどうかもわからない」


イレイナはアルフレッドを見つめて口を開く。


『立って』


 耳の奥でその声が響いた瞬間、アルフレッドの体は自然と動いた。ベンチから立ち上がっている自分に、一歩遅れて気づく。


「……っ」


(本当に、抵抗の余地がない)


 慣れない感覚を感じ取っていると、次の言葉が耳に届く。


『私を抱きしめて』


 内容を理解した瞬間、アルフレッドは全力であらがおうとした。


(いやいやいや、無理だろ! 護衛が周りで見てるんだぞ!? 従者風情が主人に抱きつくとか、処されても文句が言えない!)


 これまでの人生で最大最高の力を振り絞り、腕を止めろ、足を動かすな、距離を保てと頭で叫ぶ。


 だが、抵抗はむなしくねじ伏せられた。


 気づけば、そっとイレイナの背に手を回していた。


「っ……」


 イレイナの体が、アルフレッドの腕の中でびくりと震える。


「抵抗したのに、ダメだったのね。従者が抱きしめたなんてぱぱが知ったらどうなることかしら」


ゾクゾクと背筋を走る感覚に、彼女は小さく息を漏らした。


 恍惚とした表情で、イレイナはアルフレッドの顎に指を添える。夕焼けの光の中、その瞳だけが異様に澄んでいた。


「ねぇ、アルフレッド」


 囁くような声。


「私のために、踊ってくれる?」


 遠くのベンチ、新聞をたたんで立ち上がる男。その先、ハトへの餌やりをやめて、ゆっくりとこちらに向かってくる老人。


 隠密護衛たちが、確実に距離を詰めてくる。


(純粋な少女かと思ったら、サディスティックな女の子)


 アルフレッドは、死んだ目をしながら、近づいてくる護衛たちを見つめていた。


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