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第2話_承認されるために私は学ぶ

 豪奢な天蓋付きの椅子が並ぶ応接室。日和は椅子の硬さに小さく舌打ちしつつ、部屋の造作を睨みつけていた。

  石造の柱、ステンドグラスの窓、整然と並ぶ魔導ランプ。どれを取っても“異世界らしさ”に満ちていたが、彼女の関心は別のところにあった。

  ――どうやったら、ここで一番になれる?

  日和は病院勤務の新人看護師だ。日々、上司や医師の顔色をうかがいながら働く中で、「認められる」ことだけを心の支えにしてきた。

  努力を軽んじる者は嫌いだ。中身のない人気者も、口先だけのリーダーも、誰よりも嫌悪してきた。

  だから今、カルダーン宰相の言葉が、火を点けた。

  「識導環による学位値の記録は、学院の評価制度に準じて可視化される。学んだ分だけ数値が上昇し、成績として示される」

  「その値が高ければ、市民権や奨励金が貰えるってことですか?」

  宰相は静かにうなずいた。

  「そうだ。最終修了時の成績上位三名には、王国の教育機関での職権も与えられる可能性がある」

  「私、それ狙います」

  またしても即答だった。

  他の転移者たちがざわめいた。豊が「おお……」と声を漏らし、陸翔は興味深そうに視線を向ける。翔太や拓矢はまだ半信半疑の顔だった。

  宰相はにやりと笑う。

  「意欲は結構。だが、教習は甘くはないぞ。魔法理論、歴史、地理、応急術、異種族文化、演習訓練――この国のすべてを一週間で詰め込む。試験もある」

  「望むところです」

  日和は立ち上がり、背筋を伸ばして言い放った。

  「努力すれば評価される世界なら、私はいくらでもやれます」

  その目は燃えていた。怒らせると怖い、と噂される本性をうっすらと垣間見せながら、彼女は勝利への階段を見上げていた。



 「……日和さんって、看護師さんでしたよね?」

  応接室を辞した一行が、案内役の女官に導かれて広い回廊を進むなか、陸翔が声をかけた。

  「うん、東京の総合病院に勤めてた。ついこの前までICUにいた」

  そう言って歩きながら、日和は表情を崩さない。素っ気ない返答だが、嘘ではない。

  「俺は商社マン。こう見えて経営企画でバリバリやってたつもり」

  「……“こう見えて”は余計だけど、まあ聞いとく」

  「はは、厳しい」

  二人のやりとりを、少し離れた位置から豊がニヤニヤと眺めていた。その横で、にぎやかな女子――由衣が早くも好奇心を爆発させていた。

  「異世界って、なんかもっと、ドーン!とかズドーン!とか、魔王とか出てきそうな感じかと思ったけど、案外ちゃんとしてるのねー。王都って感じでさ!」

  「それが逆に不気味なんだが……」

  ぽそりとつぶやいたのは美雪。冷静な目で建物の構造を見て、首をかしげている。

  「ほら、回廊の柱の材質、全部一緒じゃないでしょ。修復の跡も雑」

  「雑でも機能してるなら問題ない。安定してるから、って言い訳すんなよー?」

  「ぐっ……由衣、あんたね……!」

  ちくちくと応酬しながらも歩を進めていくと、目の前に開けた庭園が現れた。

  「こちらが、学院内訓練場および学生寮です」

  女官が淡々と説明を続ける。

  「この庭園を挟んで北館が教習棟、南館が宿舎。今日から皆様にはこちらの施設で一週間、基礎教習コースを受講していただきます」

  「……え、共同生活なの?」

  「もちろんです。実習演習や共同研究もございますので」

  由衣が「やったー!」と叫び、美雪が「最悪……」と呻く。翔太と拓矢は無言で頷き合っていた。

  そして、中央庭園を見下ろす位置にそびえる、白銀の塔――。

  「こちらが、教習期間中の“評価順位”を表示する告知塔です」

  塔の中腹には光の文字で“学位値ランキング”が並んでいた。現在は全員が0だ。

  「成績は逐次更新されます。学んだ内容を、どれだけ使いこなせるか。測るのは知識量だけでなく、応用と実践も含まれます」

  「へえ……」

  日和の目が、塔をまっすぐに見据えていた。まるで、すでにそこに自分の名前が最上位に刻まれているかのように。

  (努力は報われる。なら、私は全部勝ち取りにいく)

  胸の奥で燃え上がる衝動は、単なる承認欲求ではなかった。

  ――あの世界で、見落とされてきた自分の価値を、ここで証明してみせる。

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