第14話_焚き火の記憶、知識と体験の交差点
風穴遺跡・第三層を越えた夜、八人は遺跡出口付近の岩陰で野営の準備を整えていた。
石を囲んで組まれた簡易な焚き火台。火花を起こす魔導具により、やがて温かな橙の光があたりを包んでいく。
「やっぱ火って、安心するよな」
翔太が足を投げ出して座り、焚き火に手をかざした。
「足はどう?」
「ま、まだ痛いけど、固定のおかげで動ける。日和、サンキュな」
「当然のことをしただけよ。次は飛び出す前に“助けて”って言いなさい」
日和がぶっきらぼうに答えるも、隣で翔太は少しうれしそうに肩をすくめた。
その様子を見ていた優香が、背負っていた布包みを取り出す。
「テント……いる? 風も出てきたし、外で寝るの無理な人、使っていいよ」
「あっ、それ優香ちゃんが組み立ててたやつ!? 中、布団まで敷いてあるってウワサの!」
由衣が目を輝かせた。
「都市型インドア派の知恵ってやつ。ほら、使って」
ぱたん、と静かに開いた布の空間に、一同の視線が集まる。だがすぐに陸翔が口を開いた。
「いや、俺たちは交代で外を守る。誰か一人だけ快適でいいってもんじゃない」
「なら、防風壁だけでもシェアできるようにしよう。そっちのが実用的だよ」
優香が即座に布の使い道を再設計し、広げて風除けの囲いとして再配置を始める。
彼女のその臨機応変さに、陸翔はうなずいた。
「……ありがたい。知識ってのは、本で学ぶだけじゃないんだな。実際に体験して、使ってみて、そこで初めて本物になる」
「うん、わたし思ったの。たとえば本に“風は怖い”って書いてあっても、体で浴びたあの突風のほうが、ずっと記憶に残るよね」
由衣が素直な口調で言った。
「怖い感情が、記憶を定着させる……か」
陸翔は手帳を取り出して、その仮説をまた書き込む。
「“感情”を伴った学びは、記憶効率を跳ね上げる。これって、教育設計にも活かせるかもな」
「でたわね、すぐカリキュラムの話に結びつける癖」
美雪が皮肉を口にするも、どこか楽しげだった。
「でも、悪くないわ。だって……こうして体験した夜のほうが、教科書より面白いもの」
そう言って彼女はそっと火を見つめる。
燃える薪の爆ぜる音が、静かに時を刻んでいた。
「知識と体験の両輪か……なかなか良い夜だな」
拓矢が珍しく詩的に呟いたその言葉に、皆の笑いが混ざる。
風が一瞬止み、遠くからフクロウの鳴き声が聞こえた。
その夜、焚き火の記憶は、知として刻まれ、彼らの心を静かに繋げていった。