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第1話_転移陣は丸ノ内線で暴発する

 金曜深夜、丸ノ内線・池袋方面行き最終列車――。

  扉が閉まり、車内はほどよく空いていた。吊革を掴んだ男が一人、手元の手帳に視線を落とす。

  ――陸翔、二十九歳。都内の商社勤務。昇進試験の帰り道だ。

  彼は疲労と達成感をわずかに顔ににじませながら、満足そうにメモを見直していた。

  《リーダーシップ理論:PM理論、Situational Leadership Model、応用項目は要復習》

  「……もう一段、上を目指せる」

  小さくつぶやくと同時、車内の照明が微かに瞬いた。車内アナウンスが「本日も東京メトロをご利用いただき~」と流れる。

  陸翔はペンを走らせながら、ちらりと窓の外を確認する。だが、駅名表示は見たこともない漢字と記号で表示されていた。

  ――〈黎明ノ門〉?

  「ん?」

  瞬間、車両全体が低く唸るように震え、床下から淡い金光が滲み上がる。

  「おい、なんだこれ――」

  言いかけた刹那、列車の空間がぐにゃりと歪み、視界全体が閃光に包まれた。

  身体が宙へと投げ出される感覚。数秒の無重力。そして、落下。

  ――どすん。

  背中から地面に叩きつけられた衝撃に呻きながら、陸翔は目を見開いた。

  そこは東京ではなかった。見上げた空は群青から黄金へと移ろう黎明。朝焼けに染まる広大な石造都市――その東門前だった。

  周囲に目をやると、倒れている人影が数名。見覚えのある顔もいた。確か、同じ車両にいたはずだ。

  「……転移?」

  自分の腕に目をやると、光を帯びた腕輪がはめられていた。宝石のような円環には数値が浮かび上がっている。

  《学位値:0》

  「学位……?」

  思考が追いつかぬまま、誰かが呻きながら立ち上がった。

  「……どこよ、ここ。え、なにこれ、あたし……スーツのまんま?」

  制服姿の女性が自分の姿に動揺している。彼女の名は――日和。新人看護師だったと記憶している。同期ではないが、顔は覚えていた。

  そのとき、空を切り裂く音とともに、上空から飛来する何かが降り立った。

  それは騎士だった。白銀の甲冑に金の装飾、背には紫の紋章旗。

  「――識りて歩む者たちよ。貴公らは“来訪者”と認定された」

  「は?」

  陸翔と日和が同時に声を漏らす。

  「貴公らには、識りし量に応じて力を得る“識導環アスクレア”が与えられた」

  騎士の言葉に、陸翔は反射的に腕の装置を確認した。それは今まさに、うっすらと文字を変化させていた。

  《学位値:1》

  「……さっき、“転移”って言葉を口にして、記憶がつながったせいか?」

  理屈は不明だが、学ぶほど強くなる。それが“この世界のルール”らしい。

  騎士は続ける。

  「王国宰相がお待ちだ。識導環を持つ者に、今、道を示す」

  強制的に始まった、異世界での「学びの旅」。自らを鍛え、探究心を糧に成長する道が、今ここに開かれた。



 石畳の広場を抜け、陸翔たちは白亜の門をくぐった。

  「ルミナール王国――ここが異世界だってのかよ……」

  呆然とする若者たちの中、騎士たちは慣れた足取りで先導していく。門の内側には石造の町並みが広がり、朝靄の中を市民たちが通勤らしき流れを作っていた。荷馬車、魔導ランプ、浮遊文字。すべてが非日常だが、整然としていて、どこか“秩序”を感じさせた。

  「……異世界にしては、やたらシステム化されてるな」

  陸翔は歩きながら周囲の仕組みを観察し、すでに脳内で仮説を組み立て始めていた。物事の法則性を見出すことで、ここで生き抜く道筋が見えてくる。

  そして、王立学院の応接間に通された一同。

  「ふざけてる場合じゃないってのは、さすがにわかるけどさ」

  先ほどの看護師――日和がソファに腰を下ろすや、苛立ちを隠さず呟いた。その声音には明らかな怒気が含まれている。

  「いきなり転移とか……迷惑すぎんだけど、マジで」

  「まあ……怒るのも無理ないよな」

  隣に座った男性――快活そうな笑顔の豊が、手のひらでジェスチャーを交えて話しかける。

  「でもさ、転移ってのは俺らのせいじゃないし。だったら今の状況をどう乗り切るか、考えたほうが得じゃない?」

  「……あんた、楽観的ね」

  「うん、よく言われる。でも、状況に飲まれたら終わりだしさ」

  和ませようとする意図はわかる。その場の空気もわずかに和らいだ。

  そこに現れたのは、一人の老紳士だった。上質な法衣に身を包み、腰に魔導石を吊るしている。杖を突いていても威圧感を隠せない風格。

  「お初にお目にかかる。わしがこのルミナール王国の宰相、カルダーン=レファリオである」

  一同が息を呑んだ。

  「貴公らは《識りて歩む者》――識導環によって知識を力に変える、稀なる来訪者だ。……歓迎しよう」

  日和が、眉をぴくりと動かした。

  「ねえ、なんでそんなもんが私たちに勝手に付けられてんの? 説明もなしに、意味わかんないんだけど」

  陸翔が内心ハラハラしつつも、日和の言葉にうなずく。彼女は言いたいことをはっきり言うタイプらしい。

  カルダーンは微笑みながらも、静かに言った。

  「転移陣は本来、制御された召喚術式だ。だが、今朝の暴発は我々にも想定外。……その暴走に巻き込まれた貴公らには補償と教育の機会を与えるのが、我らの責務だと考えている」

  「教育……?」

  「うむ。まずは、〈王立学院・基礎教習〉にて一週間、異世界の基礎を学んでもらう。そして、修了後には市民権と奨励金が授与される」

  日和の目が鋭く光った。

  「評価制度、あるんですか?」

  「あるとも。評価上位者には、さらなる特権が用意されておる」

  「やる」

  即答だった。

  「誰よりも早く、誰よりも上に行って、誰よりも必要とされる人間になる」

  その言葉に、陸翔は思わず目を細める。――この人、強い。

  彼もまた、決意を固めた。現実逃避している時間はない。この世界で“生き抜く”には、まず学び、理解し、身につけるしかない。

  宰相カルダーンは満足そうにうなずいた。

  「では、明日より開始だ。貴公らに求められるのは、知を得ようとする意思。そして――学んだことを、使う勇気だ」

  陸翔は手帳を開き、空白ページに新たな項目を書き込んだ。

  《ルミナール王国 第一法則:知識は力である》

  転移の原因も、未来の運命もまだわからない。

  だが――確かに今、彼の中に火が灯った。

  未知の世界で、知によって成り上がる道を。

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