竜騎士 対 人工竜人 ④
空には暗雲が垂れ込める。
もうすぐ雨が降ってきそうな中、村の霊園の中央付近に、2mほどの尻尾と翼を靡かせた女性がうずくまっていた。
「まずは、そもそも意識があるのかどうかだな」
槍を少し後方で構え、敵意だけじゃないことをアピールしながら慎重に近づく。
「ユリアさん……で名前はあっているか? 返事はできる?」
ボクの声を聞いた半竜半人の女性は、恐る恐る顔をあげた。
「私は……とんでもないことをしてしまいました」
もう一度俯いて、話を続ける。
「何が何だか分からなかったんです。異常な食欲に支配されて、目の前の人間を襲っていた。映像では自分の視点として見えていたのに、自我がそこにないというか、夢と現実の境のような。"自分の意思"に身体の感覚がだんだん同化していって、この手……恐ろしい鉤爪に滴る血や肉片の感触がリアルになって行くのが、本当に恐ろしくて」
彼女は両手で頭を抱えた。
彼女から目を極力離さずルージュから受け取った事件の書類を探した。
(キメラに対する取り決めはあっただろうか。そっちの方にボクは疎くて。国の庇護下になるか? もしや人体実験には回されないよな)
「ユリアさん、人間としての意識があるのなら"患者"的に扱われるはずで――」
言い終えぬうちに、ユリア夫人はワナワナと震えだして口からはヨダレが大量にながれ出た。
竜人は目の色を変えた。
「また、あの感覚が、ワタシジャナイ意識ガ――」
ボクが反応するより早く、竜人は咆哮をあげた。
ドラゴンのあげる咆哮を間近で聴くと、人間の聴覚では耐えきれず、しばらく音が聞こえなくなり、目眩、頭痛を引き起こし、平衡感覚を失わせる。
通常の竜の"サイズ"であれば確実に鼓膜は破れ、永久的に聴力を失うだろう。それどころか、音波の衝撃で脳・臓器がやられ死んでしまうものもいる。
竜人は人間サイズであったため命に別状はなかったが、それでもボクは耐えきれず音のない世界に入って行き、床に這いつくばった。
……と、ボクが非力な一般人なら、そうなっていただろうね。
* *
後日知ったことだが、この竜人の咆哮の影響は麓のレオン氏の家にまで響いていて、振動で書籍の棚は崩れ、部屋中が荒れ果てていた。
ルージュは崩れた本の山に埋もれていたが、防御魔法で何とか身体を守り、本をかき分け顔を出した。
「あの咆哮……書棚をひっくり返すほどの衝撃! タツキは……まあ彼女の"特性上"大丈夫だろうな」
一度身体を起こした後、再び屈んで先程まで読んでいた書物を散らばった本の中から探し出す。
「どこだ――あった。律儀に日記を書いて研究の進捗と感想を記録するのは、この手の『孤独な研究者』の性か。早くタツキに伝えないと」
* *
「お前、なぜ竜の咆哮が効かない?」
竜人の目が爬虫類のような黄色の目に変異していた。
「ドラグーン、竜騎士だから」
「『なぜ効かないか』の原理を聞いてるんだ。竜騎士は答えになってない」
竜人はグルグルと喉を鳴らして、脚の鉤爪を巨大な猛禽類のようにカチカチと鳴らしながら間合いを近づけて行った。
(問題は2つ……①「人間を食人とするタイプのドラゴン」は人語を話すほどの能力はないはず。キメラ化したことで身につけた? それにしても違和感が拭えない。②ユリア夫人の意識が戻る可能性がある中、殺してしまっていいのかどうか)
「ヴォアアアアアアアア!!!」竜人が吠える。
この時は攻撃に迷いがあり、頼りないことだが、自身の身を危険に晒してしまった。
「がら空きだ!」竜人がボクに噛み付こうとした。
瞬間、頭上から半径1mほどの岩が突如落下して竜人に直撃した。
「が、があああああああ、クソ!! 翼がああああ」
岩を出現させた主の目処はついている。竜人からは目を離さず、主に話しかけた。
「手助けありがとう、ルージュ。しかし、また起き上がって来たぞ。保護が最優先だろうが、ここまで強いとそんな悠長なことは言ってられない」
「ああ。元から殺すつもりで岩を落とした。タツキも通常のハントのつもりで槍を突き刺せ」
ルージュの発言に、ボクは今まで目を離さなかった竜人からルージュへ視線を移した。
「……君らしくない」
「いいや、俺の判断そのものだね。残念ながら既にユリア夫人は『2人とも』死んでしまっている」
「は? まさか」
「目の前にいるキメラは『ドム・レオン』だ」