ぬいぐるみから滴る血 ③
ハロルドとボクは一旦休憩をとって、1時間後にまた続きの話を再開した。
クマのぬいぐるみの加虐・キュートアグレッションの程度を超えてしまったサエが目覚めるところから。
「私はサエの自宅を捜索していた。私と当時バディを組んでいたのは役職としては上司のアモンという男だ。『もう、困りますよアモン先輩』私はサエをぬいぐるみ化して捕獲するという判断に異を唱えていた」
「『まあまあハロルド、そう声を張り上げるな。どの道彼女は投獄だし、いいじゃん』」
「ちょうどアモンと私が言い合いになっているところで、ぬいぐるみの身体になったサエが目覚めた。『私の身体……』サエは弱々しく呟いた。『ぬいぐるみ。今まで自分がつくって来たぬいぐるみだ』」
「アモンはやれやれとぬいぐるみを入れたドールハウスに近いた。『全く、例の魔女が人をぬいぐるみに変身させる魔道具を作って、《魔法を信じてない科学世界》に流すなんてな』」
「サエは無表情にじっとドールハウスから顔をあげて私たち2人を見つめていた。この時何を思っていたのかは分からない。私に対する逆恨みは……考えたくないな」
「私はサエに伝えた。『えっと、規則で状況を一から容疑者に話さなければならないのでお伝えします』あまり感情を揺さぶりたくなかったので、極力台本を読むように淡々と伝えた。『まず、ここで色々拷問や殺人を行ったあなたならわかると思いますが、この《クマのぬいぐるみの形をした鞄》はこの世界で信じられていない魔法によって作られたアイテムです》』私は部屋を見回した。部屋にあるぬいぐるみの残骸やドールハウスを数えた。『(全く、20人は殺したか。完全に中毒だな)』なんてことを考えていた」
「このアイテム……《人間をぬいぐるみ化させてしまう魔道具の鞄》の製作者は別件で我々が捕まえました。我々は魔法に関する管理局でして――まあ、この国の警察と似たようなことをやってます』私は手帳を見せた。サエは無感情に――そもそもぬいぐるみの状況では表情の変化は乏しいが――私を見つめた」
「私はサエに続きを伝えた。『道具の性質が分からず《事故でぬいぐるみに変化させてしまった》などの理由であれば情状酌量の余地はありましたが、ここまでの残虐性が有っては、最低でも投獄は免れないでしょう』実際には死刑を含む思い刑罰であることは想像にかたくないことだが、ここで言及すべきではないと判断した」
「『あたしは――』サエは悪あがきをする。『あたしは、ずっと夢を見てたと思ってたの。だって、人がぬいぐるみになるなんてありえないでしょう? 今も夢を見てるのかもしれないわ。夢の中でぬいぐるみを多少乱暴に扱っちゃったけど、それで罰せられるなんておかしい。あたし悪くない。だから――』」
ハロルドは一瞬言葉を詰まらせて、息を飲んだ「ここから先のサエの言葉は聞き取れなかった。すごい剣幕をした上司のアモンに腕を捕まれ、大急ぎで部屋から引きずり出されたのだ。『ちょ、先輩いったいどうしたんです!?』アモンは私の問いかけに返事する余裕すらなかった」
ハロルドはまた一息ついて、少し話す順番を整理していた。
「……私が部屋から引きずり出される寸前みた光景は異様なものだった。例の鞄……人をぬいぐるみ化するクマ状の鞄が1人でにチャックを開き、中身がひっくり返って出てきたのだ。そうして、布状の魔道具はだんだん人肌のような見た目になっていき、形も人間の形状になった。ピンクのハーフツインの女性になった……サエと瓜二つだった」
ボクはハロルドの話から想像するしかないが、それでもクマのぬいぐるみの口からシームレスに女性が出てくる光景は不気味だっただろうことはわかる。
「以降のサエの部屋の中の出来事は、念の為取り調べを記録するために設置したカメラに記録されていた。回収出来たのは、一度部屋を出てから十数分後だった」
「カメラにおさめられた映像は、困惑して頭を抱えるサエ(ぬいぐるみの姿)の仕草から始まっていた。ドールハウスの前に立つ自分と瓜二つの姿、聞き覚えのある声に混乱した様子だ」
「鞄から変身したサエ'(ダッシュ)が口を開く。『クマちゃん、今日は肌の色を替えたいって思ってたから、表面の布地を"剥がして"新しい生地に張り替えようねえ』」
「『夢だ、夢を見てるんだ』ぬいぐるみのサエは独りごちた」
「『ね、クマちゃん。今はピンク色だけどー、剥がして白い生地に変えましょうねー』サエ'は言った」
「ぬいぐるみから発せられる声は震えていた。独りごちるのを止めることはできなかった。『だって、あそこでハサミを持ってるの、私だもん。私は今ここでクマになってるから、目の前でクマをいじめようとしてるのは別人だもん。ほら、夢だ』」
「『じゃあ、剥がすね』」
「『夢だもん、夢だもん、夢……痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛いやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ痛い!!!!』」
「サエ'は、ぬいぐるみの絶叫に加虐心を増大させた。『ねえ、白い生地に替えるって言ってるのになんで赤く汚してるの? ダメだなあ。白くないとダメだなあ生地貼り直しだよ』ビリビリ、ビリビリとわざと音を立てて、塗っていた生地を無理やり剥がしはじめた」
「『あは、あははははは。夢だ。夢だ。痛い、痛いよお。助けて、助けてよ。嫌だ、ねえ! こんな酷いことしないで! お願い』」
「『うるさいなあうるさいなあ。目から水流さないでよ湿っちゃうじゃん。水を止められないなら栓をしないとね』サエ'は画鋲を2個とりだして、クマの目に近づけた」
「『あ、ああ、うう。は、はは、あはははははははは――う、ぐ――』」
「『うん! 可愛いいお目目になったね、じゃあ次は頭にリボンつけようか! そしたらそしたら――』」
ハロルドは手話を止めてボクをみた。「タツキ……悪いけど、ここから先は言葉にできない」
ただただ圧倒されていたボクは小さく頷くことしかできなかった。
④へ続く。




