不良騎士たちの亡命 ②
ルージュ・フイユは正直なところ「戦力」という意味ではむしろ自分がいない方がよいことを理解していた。なぜなら、バイオレット城の騎士団の統率力を知っている上、自らは魔法大学にいた時騎士団が肌に合わず早々に脱退しているからだ。もちろん、戦力が削られ離脱者が多数発生しているなら、ルージュほどの魔法使いは居てくれた方が頼もしいが、その局面でない場合はもっぱら後方待機であった。
しかし、ルージュは騎士団長ですら担えない役割を果たそうとしていた。
「ほら、城ではなくバイオレットを直接護衛するために来たよ。騎士団長様は、バイオレット自身への意識を割かずに団員の統率にまわるといい」ルージュはまるでさっきからそこにいたかのように城備え付けのオルガンの横に立って、団長ブリザードに話しかけた。
「あなたがはじめから団員であれば私も指揮官に専念できたんですけどね?」ブリザードは皮肉を言った。
「私がルージュには自由でいて欲しいと願ったのよ。君主への批判かな?」バイオレットはニヤニヤしてブリザードに言った。
「……とんでもございません。では、任せましたよ。ルージュ」
バイオレット城騎士団はクヴァンツ王国が想定していたよりもずっと持ちこたえた。籠城は3日間行う手筈だ。もっと言うと、初めから「絶対に攻め落とされない」ことは目的ではなかった。
バイオレットが待っていたのは……。
「バイオレット、危ない!」
オルガンの鳴動部分が崩れていく。パイプの束が雪崩のようにバイオレットに雪ぐが、ルージュが魔獣を駆使して跳ね除けた。「いや、危なかったね――」
しかし、崩れたパイプを尚も操っている者がいた。クヴァンツ王国の魔法兵士が、何百本ものパイプを槍のようにあつかい、ルージュ目掛けて投擲した。
1本のパイプがルージュの脇腹を貫いた時、バイオレットはこの戦争で初めて感情をむき出しにして焦った。叫び声をあげ、パイプを放った魔法兵士に投擲仕返し、殺した。
「ルージュ、ルージュ!」
「いつぞやのゲームみたいな展開だな……ここまでかな」ルージュは刺さったパイプがうんともすんとも言わないので、抜くことをやめて、手をダランと下ろして天井を見上げた。
「まだ、まだだ! 私の目を見ろ、瞑るな!」バイオレットはルージュの頬を叩いた。
その時、ある人物が2人に割って入ってパイプを切り落とした。
「これで抜ける……ルージュ、むちゃしすぎだ」タツキは重装備の鎧を纏い、タツノオトシゴの意匠が彫られた槍を回して、バイオレットとルージュを庇う姿勢をとった。
「ここはボクに任せて、"ビオラ"とルージュは逃げるといい。隠し通路は把握してるんだろう? ドランシンキの方角にいるシャルロットと合流すべきだな」
「いや、ここから去るのはタツキとルージュの2人だね」
「な!?……」
タツキが反論しようとしたところで、バイオレットは人差し指を唇に当てて、一言、声を発さずに唇を動かした。「〇〇〇……」
タツキは黙って続きを聞いた。残りの言葉は実際に発声された(タツキにとって違いはないに等しいが)。
「いいかい? ルージュはまずここから脱出すべきだ。もっというと安静にできる場所でじっとしているべきだ。多世界転移管理局にいた頃お得意の転移魔術があるだろう? このバイオレット城にも転移に必要な魔法陣が用意されている。タツキ、君はルージュを守ってくれ。私は……この国を守るよ」
タツキはバイオレットの発した言葉と同時に手で作った"サイン"を見つめて、息を大きく吐いた。「不良騎士はいらないか」
「この場にはいらないね。この国を守る要は現団長がしっかり任務を果たしてくれている。ほら、ブリザードがまた君へ小言を言いたそうに視線を向けてるぞ」バイオレットは愉快そうに笑ったあと、真剣な表情に戻った。「私がカプセルから解放された時、沢山の人間を殺したし、民衆は魔王と呼んだけれど……この国を永世中立国にしたのは私だからね。責任もって導かないと」
「……死なないように、ビオラ」タツキはかつてバイオレットにされたように、胸元にバイオレットの頭を引き寄せて抱擁した。
それから、バイオレットはルージュに顔を近づけて言葉と口を交わしたあと、2人を儀式部屋まで連れていった。
魔法陣に宝石をばらまいて、霧が2人を包んで行く、最後まで、ルージュとタツキはバイオレットから目を離さなかった。バイオレットも同様に、完全に姿が見えなくなるまで瞳に捉え続けた。
「一緒に行かなくて良かったんですか」団長ブリザードが再びバイオレットのそばに着く。
「まあ、これが私の決めた道だから」
* *
3日後、全壊したバイオレット城をオーク軍が漁っていた。
「おい! 大量のパイプの下に魔王がいるぞ……血色がいい。これはまだ"身体"は有効活用できるかもな、慰み者として――」言い終える前に、オークは次の瞬間粉々に吹き飛んだ。
「そういう知的生物としての愚かな所が、私がヒト型種族を基本的に恨む理由だよ」バイオレットはユラユラと起き上がって、手を振り上げると、瓦解したバイオレット城が急速に組み上がっていった。
オーク軍はみな城の素材に串刺しにされていった。
「串刺し公も圧巻かな、この光景は」ブリザードが少し外れた瓦礫の下から、瓦礫を蹴りあげて顔を出した。
「まあ……魔王じゃないと言って、やることやって結局虐殺か。私が生きてるとは思われたくないし、城のディティールも替えよう。ただ、フィンア国が今後も中立国として機能するための機能は城に残してあげよう」バイオレットは足元のオルガンの鍵盤を魔法で元のコントローラーとして修復させると、パイプを一斉に鳴らして山の敷地いっぱいに響かせた。音楽に載せて、残った瓦礫も中に浮いてどんどん組み上がって行く。「私がタツキについて行かず残った理由は、この魔法が城の主である私にしかできないことだからだよ。建設当時『一夜にして組み上がった』光景を見たのはフィンアの民だけだからな。今は観客(オークやクヴァンツ兵)がいっぱいだろう。下手に消耗戦をしてジリ貧になっていくより、一旦壊れた巨城が一瞬で組み上がった方が、喧嘩を売った相手がどれほどの奴なのか実感できるだろうからね、隣国の方々は」
バイオレットは現騎士団長にいくつか引き継ぎをすると、転移の魔法陣の部屋があった箇所に立った。
「魔法陣はちょっと直せばまだ使えるな」バイオレットは手をかざして詠唱をはじめる。「骨までフィンア国に埋めると思ったか? いや、あの不良騎士の主にて友人だよ、私は。じゃ、後は任せた現騎士団長。引き継げる人が現れることこそが私には重要だったんだ。タツキもルージュも多世界転移管理局も、仲間だがみんな国を背負いたくないからな。ブリザード君が団長になってくれたおかげで私はこの国と別れ旅人になれる。さらばフィンア!」