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【スピンオフ】Vtuber3人 ③




   /帆を上げろ!




「VR上で吸血鬼は逃亡をはじめました」アキラは説明をはじめた。「VR上で逃げて何になるのかと思ったのですが、吸血鬼の考えは案外理知的なものでした。僕の服装が水兵を模していると気づかれなかったことは幸いでしたね」


「ユィーリンは吸血鬼に『呪文返し』をしたことで、すでに追い詰めたと思っていました。彼はフィールドをコロシアムから移り、港町に走って行きました。VR空間では大きなフィールドのみワープ機能があるのですが、吸血鬼はロック機能を呪文で付与したりVR空間の触覚共有などを行ったことで、ワープ機能を阻害しました。自らの首を締めたと言えますね。しかし、彼はVR空間の港町『バーソロミューの入江』に辿り着くと、そのまま一目散に港に浮かぶ蒸気船に乗り込みました」


「この港町の造形は『スチームパンクが進んだ海賊街』といった街並みで、木材と蒸気機関が混在した造りになっていました。港町に浮かぶ船はエンジンなどを持たない2~3人乗りの帆船が並び、あとは蒸気船がひとつと、大型帆船の『キャラック』が1挺のみ停泊していました。吸血鬼は蒸気船を強奪することでヴァーチャルな海へ出港して行ったのです。じわじわと火の手がまわるVRアリーナにおいて、この吸血鬼の海への逃走はかなり私たちを"詰み"に導こうとしていました。蒸気船で逃げられている以上、仮想空間で彼を追い詰める方法は見当たらない。リアルで彼を追いかけたハロルドさんが追いつくが先か、我々が火の手に飲み込まれるのが先か、という状況です」


「が、ここで思い出す必要がありますよ、ハロルドさん。僕は『船乗り』です。揚力を用いたヨット操縦、スポーツセーリングはお手の物ですよ! 港町にあるのは先程言った通り、大型船は大航海時代に用いられたキャラックだけでした。キャラックは操縦に船員10人以上は確実に必要で、帆は畳まれてるから広げるのに時間がかかってしまう。波に乗るのも小型船より手間です。何よりキャラックの付近にいるNPCの"仕様"がよく分からないまま使うのは危険です。それよりも、慣れ親しんだスポーツセーリングのヨットを模した小型帆船の方が、僕には有効でした」


「僕は同伴者に指示を出しました。『ペトラさん(ピエレッタのこと)、あなたにはあのキャラックに忍び込んでNPCを誘導して操縦出港できるのか調査して頂きたいんです。これからユィーリンとともにセーリングに出ますが、下手に3人で乗るよりスポーツ競技として先鋭化された《2人操縦》の方が都合が良いし、車椅子状態で乗り込めるものでもないので』ペトラさんは了承しました」


「『え?』妖狐は不意を付かれた顔で僕に問いただしました。『儂、今から肉体労働させられる?』」


「『ええ、キャラックが動かせるか確証がないですし』僕はユィーリンを諭しました。『妖力でユィーリン様一人であの巨大帆船を動かせるならあれ強奪した方がいいですけど、いかがです?』」


「『……無理じゃ……』」


「『ほら、早くしないと蒸気船に追いつけなくなってしまう!』僕は彼女を急かしました。『帆を操るのは僕がやるんでユィーリンは後ろで舵の操作をしてください! 指示は僕が出すので』」


「『うう……このような肉体労働はハーレム要因の役目なのに』と言って彼女は悲しみましたが、実際このまま焼け死ぬのは御免だと言って言葉とは裏腹に機敏に動いてくれました。ありがとうございます」


 アキラは妖狐ユィーリンに笑顔を向けた。上機嫌な妖狐は「よいよい」と手でアキラを煽った(俗表現ではなく、実際にアキラをおだてるよ様子で手を振った)。


 アキラは楽しそうに自らの専門分野であるセーリングの解説を続けた。


「『二人組の揚力スピードを求めたセーリングで使う舟は、1本の柱に3枚の帆を使う』僕は一番手前の帆を掴んでみせました」


「『3枚使うと言いつつ1枚下ろして畳んでおるが?』ユィーリンはヨットに乗り込みながら質問しました」


「『一番でかいメーンセール)と、それに追従する半分くらいのサイズのジブは《向かい風》用。おおよそ舟と水平に帆を張る。舟の先頭に張る帆は《追い風》用です。追い風の時に舟に対して交差するように帆を張る。特に向かい風の中進む場合、追い風用の帆が邪魔になるので畳んで下ろして置く。悠長に説明してられないから、残りは出航させて進みながら解説します』」



「ユィーリンは舵を操作できる舟の後ろ側に座りました。ちょうど頭の位置に帆の底辺があり、何度もぶつかりそうになっていました」


「『帆を操作するのは基本僕ですが、ユィーリンにも補助してもらう必要があるから』僕は悪戦苦闘しているユィーリンに役割を伝えました。『舟のサイズ的にも帆がぶつかりそうなのを屈んで避けて舟の左右に移動することになるのはまあ仕方がないですね』」


「『お主、なんだか《ロッククライマーがロープにぶら下がるみたい》に柱の上にロープをつけて、腰のベルトに繋げておるな』ユィーリンの指摘は面白い解釈ですね? 実際、セーリングを知らない人に僕の絵面を伝えるならこういう表現になるでしょう」


「揚力――自然の風の力――で進むって言ったって、そんなに風が吹いてくれないことがあるのは想像に難くないですね? 屈伸運動や体重を舟の外側にかけて揺らして、自力で風を発生させるために、僕はローブを縛って体重をかけて船に風を当てるんです」


「足先以外完全に舟から身体がはみ出している。真下は海水。絵面的にユィーリンがやりたがらなさそうな状況ですが、そうも言ってられません。方向操縦をユィーリンに頼みましたが、結局競技シーンで行われるように、僕の役割の補助もユィーリンに頼みました。彼女は『全くキャラじゃあない!』と嘆いた肉体労働を強いられましたが、おかげでVR空間で設定された風力よりもたくさん風を得たヨットはぐんぐんスピードを増し、蒸気船に近けました」


「『ほら、風に煽られて転覆する前に風と反対側に身を乗り出して、舟を水平に保つんです!』僕は指示を出しました」


「『うわ! これ、ヨットの倒れる力の反発力を二人で加えるんじゃろ、絶対負荷やばい――』話している途中で、ユィーリンの顔面に帆の底辺部分の棒が直撃しました。『痛ったあ!!』」


「『ああ、初心者はぶつかるよね、うん』」


「『うう……鼻血が』ユィーリンが鼻を負傷している理由はこれです」


「揚力を使うことで向かい風でも進めるけど、真正面からの風はさすがに無理です。しかし、昔の人はそれに対してセーリングの技術を磨きました。風の方向から45°斜め方向に進めるから、舵や帆を動かしてジグザグに進むんです。何とかまだスピードに乗っていない蒸気船より僕らのヨットの方が速度を出すことができ、追いついてきました」



「『ん! 客船がこっちに気づいたみたいじゃ』ユィーリンが指摘します『向きを追い風方向に変えたぞ。逃げるつもりか! ここで離されたらかなり不味い!』」


「『三枚目の帆を上げるよ! 舵を切って!』2人乗りの船ですが、僕は船長になった気分でした」


「『ええいこうなりゃやけじゃ、面舵いっぱい!』ユィーリンも船乗り仕草に入り込んでいて、良いセーラーでした。やっぱりレクリエーションとして船に乗りたかったですね」



「とにかく、こうしてユィーリンと僕の見事なセーリングの甲斐があって、蒸気船に揚力のみのヨットが追いついたんです! いやあ、VR上の出来事だから実際の船乗り成績に含めるな、という指摘が入りそうなのが残念なところですが。でも実際、セーラーとしてかなり興奮する出来事ですよ。アドレナリンって言うんですかね? ドバドバで。僕自身Vtuberとして航海中動画を回してたんですが今からアップロードが楽しみですよ。3Dアニメーションで海賊映画ばりのアクションが撮れたんじゃあないですかね」


「吸血鬼は船に詳しければ逃げきれたのでしょうが、僕らは追いつき蒸気船に乗り込むことが出来ました。船内の状況ですが……ああ、これは楽しそうには語れませんね。VRアリーナのアミューズメントのひとつだったようで、NPCじゃない客が数十人乗っていたんです。つまり、全員吸血鬼の餌食になってゾンビ化していました。蒸気船は『アンデットの幽霊船』化していたんです」


「ユィーリンは不慣れな航海でヘトヘトになっていました。その状況でゾンビがワラワラ出てきたので、彼らをまともに相手どる気など毛頭なかったようです。『船底に穴を開けて沈没させよう』と言うと彼女はゼーゼー息を切らせながら半ギレで御札を取り出しました。妖力によって起爆剤になるらしいです」


「彼女はある種ハイになっていて、僕の制止も聞かず床に御札を貼りまくってものの数秒で床に穴をあまくり船の最下層まで来ました」


「『吸血鬼は流れる水を渡れない』なんて言い伝えもあるくらいで、泳げなくても船に乗り込む西洋的度胸が常識なのは日本人的感覚からすると驚きですが、それでも彼らアンデットは船に乗る。沈没しはじめると水流に巻き込まれて周りの生物も巻き込んで沈んで行くので、逃げ遅れたら生きて脱出は困難でしょう。なので、僕たちは船底に穴を開けた段階で大急ぎでデッキへ駆け上がり、蒸気船に追いついたヨットに戻るのがこの段階での最善手でした」


「しかし、僕らがデッキに上がった時、吸血鬼は僕らより先にヨットに飛び移ることに成功していて、置いてけぼりの眷属ゾンビたちの悲鳴など聞き流し、蒸気船へ演技かかったお辞儀をしました。『もうそろそろ火の手が施設全体に行き届き、一酸化炭素など有害物質も充満するだろうね! あとはリアルの世界で俺を追いかける管理局の一人を殺せばいいわけだ! ゾンビはいくらでも増やせるからな〜。妖狐、お前のハーレムを瓦解して寝とるのはとっても興奮したぜえ! その高い鼻を折ってやりたいと半人半魔連盟にいたころから思っていたのさ! じゃあな妖狐。そこの従者とタイタニックごっこして一緒に船底に沈むんだな』」


「彼は勝ち誇っていましたが、僕らがほかに手がなかったわけではありませでした。もちろん、帆に繋がれたロープを使ってターザンのようにできるだけ船から遠方に飛び込んで電子の海に入るのもひとつの手段でしたが、結局それだと吸血鬼は野放しですし、火事の対処にはならないので美味しくありません。しかし、僕らは蒸気船に乗り込んだ時、遠方からもう一隻、大型船が近づいていることに気づいていたのです。ペトラに頼んだキャラックでした。実際、背景オブジェクトではなく、NPCを使って船を操縦することができたんですね。これは幸運でした。妖狐がところ構わず起爆させまくった時はド肝を抜きましたが、彼女はキャラックを認めたからこその行動だったのですね」


「『ええと、高い鼻が、なんじゃったか?』ユィーリンは鼻血を流れないよう抑えていたため若干声が籠り、ちょっと格好はついていませんでしたが、それでもロープを使ってキャラックに飛び移ったあと、唖然としている吸血鬼に上から見下ろして言いました『ほら、溺れることを自覚しながらキャラックにヨットごと衝突されるのじゃ』」


「こうして顔から生気の失った吸血鬼は、――元から吸血鬼なので生気はなかったかな?――、水没には勝てず今ここに横たわっているように溺死したんですね。僕が説明している間に、妖狐が胸を切り裂いて心臓に杭を打ち付けたのは、ハロルドさんも確認した通りです」


 こうして、吸血鬼のゾンビ騒動は幕を閉じた。


 多世界転移管理局は妖狐の異世界旅行を限定的に認めた。定期的に状況報告をすることが条件であった。妖狐ユィーリンは嫌そうな顔をしたが、西園アキラは快諾して現在も妖狐の活躍を報告してくる。その文章がそのまま妖狐ユィーリンの公式二次創作小説となっていた。


 妖狐はこの激動は動画配信サイトでバズると考えていたが、槍投げの「チート行為」が一般のゲーマーに悪印象を与えたことと、原因不明の火災の一因に妖狐ユィーリンが関わっているのでは? という噂が炎上した。妖狐は本人の期待とは裏腹に炎上商法になってしまったことを面白く思っておらず、また違う世界線に移ろうと画策しているようだ。しかし、アキラは上手くユィーリンを宥めて、創作活動を通じて炎上の鎮火をめざしている。



 女騎士シュバリエ・ペトラことピエレッタ・グノーは上手く事件を自身の人気向上に利用出来て、今も車椅子ユーザ兼スポーツマン系Vtuberとして活動している。彼女は最近、パラリンピックでのメダル獲得や、障害者スポーツが世間に還元できることの模索などをしているようだ。




 以上が妖狐ユィーリン、ピエレッタ・グノー、(そして話しはじめは吸血鬼のことと思わせて置いて)セーラー男子の西園アキラのVtuber3人が携わったVtuber活動とリスナーを巻き込んだ火災事件の真相である。タツキがリストに収めた『半人半魔連盟とゲームタロット』事件の後日談としてともに記録されるのなら。ありがたいことこの上ない。

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