【スピンオフ】Vtuber3人 ②
/VRアミューズメント
VRアリーナは、スポーツとゲームの複合アミューズメントパークの進化系だ。身体を動かし、自宅で行うより大胆に行動出来ながら、実際のスポーツよりは圧倒的に場所を取らない。
大きく2パターンのレクリエーションがあった。現実のスポーツ、アクションの仕掛けをVRの助けでコンパクトにした物と、エフェクトや物理法則を無視したようなファンタジーな振る舞いを求めた競技、アクションの2つだ。
今回のVRプロモーションでは、ワールド自体はファンタジー的でありながら、競技自体は現実でもオリンピックなどで行われている種目をVtuberや歯医者が集って競う内容が予定されていた。森林、雪原、コロシアム、港町などのフィールドに分かれていた。
妖狐と女騎士の告知から1日足らずで、吸血鬼アレックスの参加も公表された。
私たちはアレックスを捕えるため話し合いをした。アレックスの行動原理を考えれば、妖狐の参加する種目にほぼ確実に対抗して参加するだろうと推察した。妖狐ユィーリンからからリスナーを横取りしているので、彼女目当てで観戦モードで観客席に着いているリスナーを狙うだろう(観客はリモート参加と、施設の客席参加が混在すると思われた)。マネージャーの立場である私とアキラは、吸血鬼の行動を追ってリモートで目星をつけたリスナーを守ること、及び現実世界でのリスナーの場所を吸血鬼より先日見つけて保護することが求められた。
吸血鬼が感覚系の魔法に精通していた場合、以前彫刻際で石化魔法を振りまいた怪物がやったように触覚の共有もされてしまうかもしれない。そうなると、リスナーの現地とリモートの区分けはまるで意味がなくなることが懸念点だ。そうなった場合、私は騒ぎを大きくしてしまうが、ある"災害"を起こすしかないと考えていた。(ルージュはこのやり方を気に入らないだろうなと思ったが、彼やタツキほど自らの手でなんでも物事を解決できる人材は今の管理局には足りていなかった)
西園アキラは「せっかくセーラー男子なのだから、2人乗りヨットセーリングで出場したいね」と意気込んでいたが、その案は却下された。競技フィールドが海という特性上、観客席になにかあっても船の上の私たちが場所移動するには骨が折れるだろうことが想像に難くなかった。
VRアリーナのプロモーション当日、妖狐ユィーリンとアキラは古代ギリシアの戦士が行った槍決闘を選択した。絵面は現代競技の投げ槍と同一なのだが、この決闘では約50m離れた位置に各プレイヤーが向かい合って立つ。プレイヤーは10本の槍をアシスタントに用意させて、お互いがどんどん相手に向かって槍を投げ合う。相手に当たれば勝利……当日にギリシアでは敗者は死だ。槍が切れたら相手に走って向かって剣術に以降したが、今回は不要で引き分けとなる。アキラは槍をプレイヤーに渡す従者役に就いた。
妖狐がこの競技を選んだのは、吸血鬼とある程度距離をとりたかったのと、観客席への距離がそれほど遠くなく、吸血鬼の方が客席に近くなることも無い競技だからだ。また、槍投げに関してある秘策があるという。
「回転だよ、ハロルドくん?」妖狐はしたり顔で語っていたが、彼女の行動は1部のファン以外から批判されることになる。
VR上の槍投げは場所や安全性を配慮され実際にはプレイヤーは一直線上には立たず、2つの平行したレーンにそれぞれ立っていた。そして50mも素人が槍を投げれるわけもなければレーンの長さを用意できるわけでもないので、実際には約1/3の長さの17メートル先に相手(を模した的)が設置され、槍も軽量化されていた。
しかし妖狐は「重い方が効果を発揮するのじゃ」と言って、妖力で槍の重さを2倍にした。手はローションでひたひたにした。
「槍のホールド感が大事なのにローション? すっぽ抜けるぞ、松脂の方が道理にかなってるんじゃあないか?」ピエレッタはプレイ位置に着く前のユィーリンに話しかけたが、ユィーリンは悪そうな顔でほくそ笑むだけで、返答しなかった。
アキラは察しがついたようだが、両手でローションを糸を引かせて遊ぶ妖狐の仕草に見惚れていて、私たちに説明する気はどっかにいってしまった。
妖狐が行った行為はこの世界において100年前に禁止された投法だ。体を横回転させ、背中で回転の際槍を押して、遠心力でより遠方まで投げる。とんでもない飛距離が出たが、槍の方向の制御があまりに難しく、危険なため禁止となった。
妖狐はこの方法で吸血鬼を刺そうとしていた。刺さった場合炎上しそうだが、VR上の表現では実際に吸血鬼に当たったかの判断はできないだろうし、その後現場スタッフは吸血鬼を映し続けないだろうと判断したのだ。倒れたままでも、機材トラブルと言えば良い。妖狐は穏便に吸血鬼を捉えようという管理局の思惑などお構い無しに吸血鬼を殺しにかかったのだ。
しかし、吸血鬼はアシスタントの襟首を掴むと、彼を自分の盾として前方に突き出した。刺さったアシスタントはドロドロに溶けていった。ゾンビだ。
妖狐は「吸血鬼本人が刺さればスタッフ数人は混乱しても妖術で撹乱できる……吸血鬼が槍を避けたり手で捉えて槍を掴めばそのままゲームが続くじゃろ、だからそれでよいと考えたんじゃ」と語ったが、ゾンビをその場で盾にして防除するとは思ってもみなかった。VR上でも動きは再現されたため、スタッフは皆吸血鬼を肉眼で確認し、阿鼻叫喚となった。騒ぎを聞いた観客やVtuberたちが次いで状況を確認しようとするが、吸血鬼は自分の手首を掻き切ると、血を床にぶちまけて呪文を詠唱した。石化魔法事件の時のように、VR空間上の触覚・痛覚も共有させ、ヘッドゴーグルがロックされ外れなくなったのだ。
「クソ!妖狐も吸血鬼もどちらも面倒くさいことを!」私は呪文の直前にヘッドセットを外して、全速力で施設内のVR管制室に押し入った。スタッフが騒ぎ立てたが、全員無力化させて、施設を施錠して建物外に出られないようにした。混乱に乗じて逃走することは許さない。
吸血鬼は焦りを見せたが、怪物らしく強行手段に出た。彼はライターを取り出すと、床にぶちまけた血の上に落とした。まるでガソリンの上で点火したかのように、火は一面に燃え広がっていった。
火災警報が鳴り響く中、Vtuber観客たちも右往左往して逃げ惑う。私はさすがに彼ら全員を犠牲にしてまでアリーナを施錠することはできないと、出入り口を解錠した。吸血鬼は炎を纏いながら外に出ていった。
「愚か愚か」吸血鬼は去り際の"つもり"で言葉を残した。「このまま行方をくらまさせてもらおう! いや、時期にこの日本をゾンビの大国にするのも面白いかな――」
しかし、吸血鬼は最後まで発言することが出来なかった。ヘッドセットを外そうとしたとき、彼自身も外すことができなかった。妖狐が呪文返しを行い、吸血鬼も自身と同じVRフィールドに閉じ込め状況にしたのだ。
「クソ!」吸血鬼は身体は物理施設のアリーナから逃亡しながら、一方で仮想の身体も妖狐らから逃亡しようと別の方向ヘ動いた。
私は本体を追ってアリーナを飛び出したため、VR空間上で何が起きたかリアルタイムでは分からなかった。しかし、約30分の鬼ごっこの末、吸血鬼が喉を抑えて天に向かってもがき苦しみ、地面に這いつくばって動かなくなった。私は彼に近づき慎重に首筋を確認した。彼の心臓は機能を停止していた。
「溺死?」私は状況が飲み込まない中、ほかの多世界転移管理局員に手助けの要請を出した。吸血鬼に追いついてからさらに30分経って、妖狐たちは私の元に来た。
「いや、やっぱり従者が優秀だと鼻高々じゃわ」妖狐は水にずぶ濡れ状態のアキラを引連れて上機嫌だった。しかし。なぜか鼻血がさっきまで流れていたようで、妖狐は鼻腔についた血の乾いたあとを擦って落とそうとしていた。「ピエレッタは車椅子だからな。アリーナ近くで待機しておるぞ。アリーナは全焼じゃろうな。ド派手な事件じゃから、儂の知名度も上昇間違いないじゃ」
「ああ、そうだネー」アキラは妖狐の発言になにか思うところがありそうだったが、受け流して私の近くに横たわる吸血鬼を見た。「心臓を杭で打ちつけなくていいんですか? そまま放っておいていいものか、僕には判断できませんよ」
「それより、吸血鬼が溺れたように見えたのだが」私は妖狐濡らし聞いてもあまり的を射た解答は得られそうにないと考えて、アキラに話を振った。「何が起きたか順に教えてくれないか?」
「ヨットですよヨット。やはりセーラー男子は船に乗ってこそって事ですかね」アキラは濡れたセーラー服の襟を盛り上げてアピールした。