半人半魔連盟とゲームタロット ②
この事実を1番に書くのは、一見すると事件のクライマックスをネタバレしているようにも読めるがそうではない。この事件はいくつかの要素が入り組んでいる……妖狐の秘技は「新転身」である。これは妖狐が対象のヒト型と身体を交換することができる秘技で、これを用いて妖狐は擬似的な不老不死を実践していた。つまり、殺害された半妖狐のユィーリンは果たして「ほんとうにのユィーリンか」はわかっていない状況である。なので、実は被害者である彼女はこの時点で容疑者でもある。
原画が4枚、という殺人現場だが、真相はともかく、表面的なこの4枚が意味するところはタロット競技者、もっと言えばトリックテイキング競技者には明白だった。
トリックテイキングとは、手札から1枚ずつ時計回りでテーブルにカードを出す。参加者が4人の場合、4枚が出た時点でカードの強さ比べが発生する。1番強い札を出したプレーヤーが4枚のカードを束にして、カードを獲得する(あくまでポイント集計のための獲得するのであって、手札に加えたり後の強さ比べで再利用できるわけではない)。4枚の束は「トリック」と呼ばれれ、――だからトリックテイキングというジャンル名だ――、獲得したプレーヤーから次のカードをテーブルに出す。手札が無くなるまで続けて、獲得したカードに付随するポイントを合計し、1番ポイントの高かったプレーヤーがそのラウンドの勝者となる(※)。カードをデッキに集めてシャッフルし、次の手札を配って第2ラウンドとなる……。
※本事件の理解のために詳細なルールを知る必要はないが、気になる読者は「ツェゴ」と調べるといい。
妖狐の死体の傍にあった原画4枚は、ゲームタロットのトーナメント決勝の試合でプレイされたカードの「トリック」だった。記念タロットは今年のトーナメントを反映したイラストが付されるため、「21:妖狐」「20:エルフ」「91:烏天狗」「18:吸血鬼」の順番で割り当てられた(22はエクスキューズという、トランプにおけるジョーカーで、これは固定だった)。妖狐ユィーリンが21のトランプを用いてテイクしたトリックの組み合わせが、現場に落ちていたのだ。
決勝プレーヤーはもしからしたら連続殺人が起きる場合の庇護すべき標的かもしれないし、同時に容疑者でもある状況だ。
妖狐以外の残り3人について紹介しよう。
2位のハーフエルフ:グレン(女性)
1000年は生きると言われている妖精エルフと人間の間に生まれた。本人いわく500年くらいは生きれるんじゃないかと発言していたが、人間とエルフのハーフの実例は少なく詳しい寿命は定かではない。
グレン自身は弓の名手であり、また騎士の素質がある。剣士である人間の従者マサトをいつも付きっきりで従えているが、彼女と懇意にしてる人々やエルフは、2人がデキていることを知っている。
とにかく、2人とも戦闘の手練でもあるので、ゲームタロット事件で被害者防止のためにタツキたちが(ほんとうは監視目的の)護衛を申し出たが断られた。「我々は自分の身は自分で守れる。余計な手ほどきは受けない」と気取っていた。
タツキは「別に断ることは普通の行為だが、半人半魔連盟に所属してるヒトとしての立ち振る舞いとしてはムカつく、怪しい」という感想ももった。
グレンはエルフのコミュニティと相いれなくて孤独に弓術を研鑽したところを、捨て子のマサトを広い2人で生活するようになりながら、だんだんと
交友関係を広げていった。半人半魔連盟の参加は、割と彼女自身というより恋仲であり家族であるマサトのためという側面もあるようだ。どちらにしろ、コミュニティに馴染めず叩い抜いた彼女のプライドを、今回の事件で刺激してしまったのだろう。
3位の烏天狗:祇山サラ(カミヤマ・サラ)
彼女はタツキが魔法大学に通っていた際、大学付属の学園にいた後輩で友人だ。タツキは「彼女が犯人でないことを願う」と言っていた。
烏天狗はクヴァンツ王国よりさらに南に位置するヒノ・ヤーパ国で繁栄していた一族である。
しかし、現在ヒノ・ヤーパ国内において烏天狗の肩身は狭いモノだった。前時代、彼ら彼女らは道端で仙人の素質がある子供を攫って、山奥で数年間教育していた。教育……字面通りに仙道を目指した『天狗隠し』のほうが少数派だったのだろう。実際には多くの男天狗が容姿を隠しながら、齢10歳かそこらの美少年を男色の為に攫う事態が発生した。この性的欲求による男色が烏天狗の名誉を傷つけただけでなく、烏天狗の血筋の中ですら男色がメインの天狗がいた。というより、天狗族の長になってしまった。もう半世紀ほど前のことではあるが。
良識ある烏天狗たちは自らの名誉回復を図ったが、結果は芳しくなく、天狗という文化はだんだんとヒノ・ヤーパ国では鳴りを潜めた。クヴァンツ王国やフィンア国ではその限りではなかった。特に歴史上烏天狗一族はいなかったし、烏的な翼などが顕になっても、身構える民衆はいなかった。竜因子の魔法使いやドラグーンがいるように、魔獣や動物の力を上手く自信の魔術のルーツと魔法使いの人々は解釈したのだ。そのため、魔法大学で烏天狗が自らの力を解放して魔法を実践しても、周りの学友から浮くことはなかった。半人半魔連盟へは正会員の資格があるが、サラ本人は学園などを通して現状はコミュニティにそこまで困りを感じていないので、自ら準会員を選択している。
4位の吸血鬼:アレックス・テイラー 男性
彼の素性は捜査開始時点ではよく分からなかった。というのも、吸血鬼は歴史上常に人間と敵対してきたからだ。
ただ、吸血衝動というのが薬草の調合によっては抑えられることがわかってからは、だんだんと人間と有効関係を結びたいというのを訴える吸血鬼も現れた。ハーフ吸血鬼としてのアレックスは、普段は吸血衝動を薬草の組み合わせで抑えて、人間と同じ食事で十分に生きていける状況を確立していた。なお、吸血鬼を童貞・処女以外を吸血すると眷属として対象をゾンビ化できるのだが、ハーフ吸血鬼の彼にその能力が備わっているかも不明だった。しかし。そもそも吸血衝動を抑えられているので、表立って調査の必要性を訴えた人物はいなかった。
タツキは彼に対し以下のように言及した。「正直なところボクは彼を連盟に入れる際は調査して欲しかったが、1度言及しない空気感ができると、声をあげるのは難しい。まあ、そもそもコミュニティを作り孤立を防ぐ目的で半人半魔連盟がある以上拒むことは違うと思うが、それと入会希望者の調査を緩和することは別問題だとおもう」
吸血鬼のアレックスもエルフと同様に護衛(という建前の監視)を拒否した。
烏天狗のサラはタツキとかつて学びを共にしていたこともあり、護衛を喜んで受けた。
サラは「定期的に空を飛びたいのだが可能だろうか? 人間がウォーキングするのと同じ感覚だよ」といい、タツキがワイバーン飛行を行う時という条件付きで飛行を認めた。
あえて飛行ルートにグレン(ハーフエルフ)とアレックス(吸血鬼)の住処近くを含み、定期的に偵察を兼ねて飛行することになった。私はタツキの後ろで腰に手を回して一緒に騎乗した。
この時点で:
タロットの大会を初日として、
タロットの盗難が20日後。
妖狐の殺害が1ヶ月後。
私の嫌疑の晴れが33日後。
烏天狗への護衛が34日後である。
次に起きた大きな出来事は、その2日あと(タロット大会から36日あと)である。
* *
烏天狗サラの飛行に付き合ってハーフエルフの住処を巡回していると、エルフはこちらに気づいている様子で、通りの目立つところに立って手を振っていた。足元には、血だらけで倒れた人間が一人いた。従者のマサトだった。
「数十分家から離れて狩りをしている間にやられたんだ!」エルフは早口に事態を説明した。「息が1分前に途絶えてしまった足で町医者による余裕がない……ワイバーンに乗せてくれ!」
結局、従者への蘇生は叶わず、腹を一突きされ出血多量で従者は息をひきとった。エルフな一見無表情だったが、ずっと従者の亡骸の前に座り、俯いていた。髪が前に垂れ、顔を覆っていた。
従者が刺されたであろう住処の玄関前には、犯人が置いたと思しきタロットの原画が4枚あった。エルフを狙ったがタイミングが良くも悪くもその時居ず、従者の命を持って連続殺人としたのだろうか? タロットはやはりタロットトーナメント決勝のトリックの一つで、20の札(つまり、エルフのイラスト)を含んでいた。
翌日、及び翌々日(38日後)、今度は烏天狗にイレギュラーが発生した。
まずは翌日……烏天狗の地元で、急に天狗攫いが発生したと大騒ぎになった。
元々、2週間ほど前に10代男子の失踪事件があった。その時は今回のタロット事件や烏天狗とは関連付けられなかったのだが、3週間目から天狗攫いという知識を村人はどこからか仕入れたのか、初めは根も葉もないゴシップとして1部の人々に囁かれたが、ほとんどの場合ただの世間話の範囲だった。
しかし、この天狗攫いが広まりはじめたところで、再度10代男子の失踪事件が起きた。しかも、失踪場所と思われるところに、巨大な烏(ちょうど人間大か)のものと思われる抜け羽根が見つかったのだ。これにより村民から烏天狗のサラへの視線が厳しいものになった。もちろん、サラは関与を否定した。
さらに翌日、飛行を辞めるようタツキは天狗サラに提案するが、いつもより村から離れた場所で飛行を開始し、しばらく中止になる飛行の楽しさをせめてラスト堪能したい、これだけは譲れないと祇山サラは訴え、引かなかった。
そうして場所を変えて飛行を開始したが、結果的に祇山はタツキの助言を聞いておくべきだったと言えよう。飛行から3分としないうちに、村があった方向から矢が4本ほぼ同期に烏天狗目掛けて放たれたのだ。そのうち1本はタツキが槍で叩き落とし、1本はワイバーンが跳ね返した。もう1本は烏天狗の頬を掠れ、最後の一本は翼の片側に刺さってしまった。烏天狗は墜落していったが、タツキがワイバーンを用いて地上に激突する前に烏天狗を受け止め、命に別状はなかった。結局この翼の怪我で1年間は自由に飛べなくなってしまった。
烏天狗が落下したかもしれない地点に、タロット原画が散りばめられていた。