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12音オペラ殺人事件 ①

12音オペラ殺人事件前書き

登場人物


レギュラー:

◇タツキ・ドラゴネッティ - 竜騎士 一人称ボクの女性 語り手 ろう者(耳の聞こえない人)。

◇ルージュ・フイユ - 魔法使い ナルシストな男性 多世界転移管理局のエージェント。

◇バイオレット・"ビオラ"・ガーベラ - フィンア帝国を支配する魔族

◇ロバート元局長 - 多世界転移管理局の元局長


本話ゲスト:

◇ハルト・クヴァンツ - クヴァンツ王国分家の末端の主

◇K - 音楽家

◇アリアンヌ・エッカー - K(音楽家)のパトロンを申し出た貴族

◇アレット・ケルチ - 百人の人間の肉体を消滅させた「人格スープ事件」の犯人


・本編はいくつかの著作権切れ文学を内容やあらすじを含めて言及する場面があります。

 読者は何が何だかと思うかもしれないが、事件の1ヶ月後の描写からさせて欲しい。事件そのものには全く関わりのない、バイオレットとの会話だ。


「鍵盤弾いてるのを見るとさ。結構使ってないキーがあるよね」ボクはぼーっとバイオレットが演奏するオルガンの手元を眺めていた。別に今でも音楽そのものへの興味はない。ただ、普段は興味を示さないオルガンの演奏を眺めて、演奏が終わったタイミングである書類をバイオレットに渡した。作家の欄に「K」と一文字だけ書かれた楽譜を渡したことに彼女は驚いていた。


「……さっき私が演奏していたのはフーガだけど」バイオレットは楽譜をパラパラとめくりながら言った。「この楽譜も同じ形式で書かれているね。こっちは無調の12音技法で書かれている。でも、主旋律に対して『高さ』を変えてメロディを追従させたり(移行法)、主旋律を『逆から読んで』新たな、しかし繋がりのあるメロディにしたり(逆行法)、旋律の音符移り変わりの上下を逆転させたりして(反転法、例えば音程がド→ミ→ソと上がっていく場合、ド→ソ#→ファと同じ感覚分下がっていく旋律を作ること)、それをいくつかのパートで合わせてひとつの音楽に仕上げている。どうしたの? この楽譜」


「最近無くなった作曲家の作品なんだけどね、改ざんされているんだ。よく観察すると筆圧だけ残ってインクが除去されて、別人の筆跡で書き換えられた所があるの、わかる?」


「確かに。12音技法を律儀に守って、主旋律を1オクターブ12音を1回ずつ使って作っているけど、2箇所音が入れ替えられてる……」バイオレットは改ざん箇所に付箋を貼っていった。「律儀に全モチーフで修正されてるぞ。それにパートの弾き始めのタイミングが少し改ざんされてる。元々12音技法は上手に調整しないとただ気持ち悪い音楽になってしまうけど、まさにこの改ざんがそれだ。気持ち悪さを表現したいなら別だが、多分もっと別の意図が原曲にはあったな?」


「そう、それを直して、演奏して欲しい」


「……ルージュによる歌の手話への翻訳とかいらないの?」


「今回は、聴こえなくても、ただ指の動きを見てるだけでもいいかなって」


ボクはバイオレットが本来あるべき姿に楽譜を直して行くのをじっと眺めていた。




   *      *




 作家として、書きたいという気持ちと面倒くさいという気持ちがせめぎ合う時がある。特にボクの場合、『音楽』が多大な影響を与えた事件を取り上げるというのは骨が折れる。以前、バイオレット城で城主の演奏を飽き飽きと眺めていたのを、ルージュが「翻訳」してくれて何とか鑑賞した、と記述したことがあった。その通り、ボクにとって音楽はほとんどルージュが表現するリズムと身体表現の創作だった。


 ある音楽家の死に意図せず関わってしまった上に、それが今後のボクの生活にも影響を及ぼしたことは事実だ。ルージュも同じくらいこの事件に関わっていたから、彼に綴るよう促してみたのだが、「これは音楽そのものへは興味のない君が書いた方が、むしろ読み物としてはいいだろう。みんなはラジオドラマで話を聞くでもなし」と諭されてしまった。まあ、普段から音楽というものを翻訳してもらっているから、自分で綴ろうと何とか筆を持った。






 筆を進めはじめる数年前の話……。

 時期に関しての明言は避けるが、これはフィンア帝国の騎士団長を辞して、再び多世界転移管理局と竜騎士の二足のわらじをしていた頃の記録だ。




 竜騎士として、護衛をして欲しいとある男性から依頼を受けた。その人物に会いに行くと、「依頼をした身に覚えがない」と言う。ボクは書簡を依頼主のハルト氏に突きつけた。


「ああ、確かにあいつの字だ……ああ、確かに、仕方ない。あがってくれ」


「いや? こんな不可解なやり取りをした人間の家に招かれて入れるわけ無いだろ。ボクの指定する喫茶で話を聞くよ」





 喫茶でハルト氏は単刀直入に切り出した。「俺は『二重人格』なんだ。しかも無理やりもうひとつの人格を作り出された」


「……続けて?」



「俺はクヴァンツ王国の分家の中ではかなり末端で、近衛の騎士団も所持できていない。だから、騎士を頼むなら君のようなフリーの人物を雇うしかない……ともう1人の人格に話したことがあった。だから勝手に連絡をとってしまったらしい。まったく、俺の都合も考えずに――」


「いや、そこではなく」ボクは手を出して愚痴を止めた。「そもそも二重人格になった経緯を話していただける? その後『もう1人の人格』の要件が分かれば聞き出して欲しい」


「俺は5年前、ある実験に巻き込まれた」ハルト・クヴァンツは手元のカフェオレを飲み干して、話に気合いをいれた。「クヴァンツよりさらに南方の国、ナダ国の『ケルチ』という公爵家の城で、複数人をひとつの身体に混ぜる、――つまり人格を交ぜる――、貴族の悪趣味な実験台にされた。俺は末端とはいえクヴァンツ家の一員だ。クヴァンツ王国はケルチのやり方を非難し、結果的にクヴァンツ王国から分離するに至った。ここで戦争にならなかったのは政治として優秀と捉えるか、逃げ腰の愚か者とやじるから立場の違いでしかないか? 俺は後者だな」


「そんな事件、知らないぞ……国家機関に所属していた時期なのに」ボクはルージュの当時の動向を思い返した。


「所属はどこだ? もし、クヴァンツ王族直属騎士団か、いくつかの組織……自治区維持局など以外には国営機関へも機密にしていた話だな」


 そのレベルの機密か、とボクは納得した。フィンア帝国の騎士団長だと、いかに友好な国家同士でも教えてはくれなさそうだし、多世界転移管理局にも情報は届いてないかもしれない。それよりもクヴァンツ王国の隠蔽体質を残念に思ったが。


「いや、実は、解決作が定期されているんだ。だからこそ、穏便に済ませるために情報は隠匿された」ハルト氏は言った。


「具体的手段は?」


「それは……いや、例えあなたにも話すことはできない」ハルト氏は首を振った。「申し訳ないが、追加料金を払うので明日また同時刻にこの喫茶店に来てくれないか? 今度は『もうひとつの人格」の方で会おう」






 ボクは自分1人で判断すべきでないと考え、ルージュ・フイユに連絡を入れた。彼は直接伺えないが、現役を退いたロバート元局長がナダ国との国境近くにいるので、合流して欲しいという返事を受け取った。


 翌日、ロバート教授と2人で喫茶に赴き、ハルト・クヴァンツと対面した。


 彼は、昨日とは雰囲気が打って変わって内向的な、それでいてどこか野心的な性格・表情をしているようにみえた。


「"私"のことは『K』と読んでください。タツキさん」Kは名刺をボクとロバート元局長に渡した。


「音楽家……ですか」ボクは「(めんどうなことになりそうだな)」という言葉が指先まで出かかった(喉元まで、という慣用表現は口話者の言い回しだろう?)。


「あなたは元フィンア帝国の騎士団長ですよね。そんな立場の肩に、依頼を出せるなんてまたとない機会なのです。是非、パトロンの城での生活中の警護をお願いしたいのです」


「ボクの噂を聞いた上で頼むのなら、ボクがろう者であると知っているでしょう。なぜです」


「パトロンは私の腕を見込んで、住み込みで作曲をして欲しいとお願いしているのですが、城の住み込みという状況と、作曲依頼の題材のリンクがすごく不安なのです」


「と言うと」


「カフカの『城』という長編作品を知っていますか?」


「……未完の長編作品で、不条理を書くカフカの傑作とも言われている。『城に辿りつけない』物語……」


「そうです。しかしですね。城で住み込みで作曲しろという条件以外では、かなり理想ではあるのです。私もカフカの文学からインスピレーションを受けていますし、クヴァンツ家の末端のもうひとつの人格(ハルト)は芸術活動そのものを軽視していて、活動の場を私に与えてくれない。パトロンのエッカー家は正直クヴァンツの分家より余程力の強い貴族で、ここでの活動は芸術家として生きていくことの最大限のアピールになるのです」


「……あなたの気持ちはわかりました。しかしろう者に依頼することに関して返答を頂いてません。それとも、元騎士団長という肩書きとろう者なら『差し引きでプラスだ』という営利判断ですか?」


「とんでもない!」Kは慌てて手をわなわなさせた。「不安といったのは、音楽魔術についてです。もしパトロンのエッカー公爵がお抱えのオーケストラでなにか悪意ある音楽魔術を行ってきた場合、ろう者のあなたに効かないというのはすごくありがたいんです」


「なるほど……」ボクは数秒悩んだが、ここで結論は出せないということが明白になるばかりだ。「数日、返答まで時間をください」






「どう思います? 局長」ボクはロバートに聞いた。


「元局長、じゃな。もしこれが多世界転移管理局の管轄だったらと仮定して、現役だったらどう判断したか?

『複数人で磐石な準備をして潜入しろ』」


「今のあなたの考えは?」


「友人としては、危険だから関わって欲しくないわい……ただ、ろう者だからこその案件であることも間違い無いだろう」




   *      *




 ボクは当日のうちに管理局の建物に寄り、ルージュ・フイユと会った。


「エッカー公爵だって?」ルージュは少し思案した後、ペンを取り出した。「スペルわかる? 英字で」


「スペル?……多分、Eckerだな」


 ボクの発言を読んで、ルージュは用紙にEckerと綴った。


「ケルチ家のスペルは、Kerceな。比べて、気づくことあるか?」


 2枚の紙を僕の前に出してきた。Ecker、Kerce……。


「アナグラムだ……同じスペルを使ってる……」


「両方貴族だったり城持ちなんだろう? これ、人格スープ事件の"再演"なんじゃあないか?」


 ルージュはロバート(局長もとい)教授とともに、1日で当時管理局が『仲間はずれ』にされたナダ国(当時はナダ自治区)の人格スープ事件を可能な限り調べあげた。概要は以下の通り。



『人格スープ時間はケルチ家の次女アレット・ケルチが引き起こした。被害者の人数は推定約200人。人格を混ぜて精神の揺れを観察していた。他にも身体的傷害など多数。この事件はケルチ家全員というよりもアレット・ケルチ独断の暴走が原因と当時判断された。長女のアリアンヌ・ケルチは憤怒の中次女アレットを殺害。状況から情状酌量の余地ありとして実刑判決は無効となる』


 『しかし、クヴァンツ王国として自治区への罰則・制裁はしなければならず、自治区の追放という形に収まる。また、姉アリアンヌが『被害者への補填・救済を約束する』と宣言した誓約書を明記したことも処罰秘匿の後押しとなった。現在、ケルチ家は破産状態。エッカー家が入れ替わるように台頭。おそらくアリアンヌ・ケルチがエッカーに姓を変えて当主をしていると思われる』


『当時の多世界転移管理局に情報を渡すと"ややこしくなる"というクヴァンツ王国の判断で秘匿されたもうひとつの情報は、混ぜこまれたいくつかの人格は異世界から無理やり混ぜられたモノだと言うこと』


「うわあ」ボクは予想を超えた国の裏側に引いてしまった。フィンア帝国のバイオレットなら迷いなく公表した内容だろう。


「タツキ、君がハルト氏……K氏の護衛をするしないに関わらず、管理局としても捜査しなければならない事件だよこれは」


「なら、ボクはルージュを守るためにも、K氏の護衛騎士としてエッカー城に潜入しよう」

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