クラスメイトは異国の魔王 ⑥
/タツキと霧
文庫本を閉じて、何度も遊んだノベルゲームのシナリオログに改めて目を通した。本来のゲームで、エンドロールまでのある1ストーリは以下のように進む。
付け焼き刃的に演劇は完成され、文化祭本番で披露された。しかし、直後舞台に魔王、――このバイオレットは魔王と表現していいはずだ――、が出現し、舞台上でナレーターをしていたルージュ・フイユがさらわれてしまう。何とか彼を助けよう、そして魔王を打ち倒そうとするのだが、魔王の作り出した地下空間に演劇の関係者は落とされ閉じ込められてしまう。その空間は霧が立ち込め周りが見えないダンジョンとなっていた。この霧は、魔力を持つ人ほど濃く見える霧であった。だが、主人公だけがだけが魔力を使わない魔法を求めていたため、――つまり、このルートは魔力不要の専攻・ルート選択をした主人公のイベントだ
――、探索することができた。しかし、戦力として魔王に対抗できそうなのはタツキしかいなかった。
主人公とタツキはお互い手を握り、触感で手話のやり取りを何とか行いながらダンジョンを進んでいった。そこで、魔王と対決することになるのだが、魔王に放たれたはずの攻撃はそれてルージュ・フイユにあたり、彼は絶命してしまう。タツキも失意で泣き崩れるが、ルージュの死でバイオレット自身も動きが鈍っており(スチル絵には涙を流していた描写があった)、再度魔王へ槍を放つことで、魔王を倒し、このルートのラスボスは倒されエピローグへと進む。
私はログを読みながら寝落ちしていたが、朝1番目を覚ますと支度をして、タツキ・ドラゴネッティに会いにいった。
/フイユ兄妹
私は自分の体験した異世界転生の出来事をまとめてきたが、内容は不可解だったクラスメイトのバイオレットやその周りに終始していて、同時進行していたカエデ・フイユとの学園生活やその他クラスメイトとの話を極端にしてこなかった。だから、カエデ・フイユが自分を抜きにして私がタツキとルージュに会ったことを知って拗ねて嫉妬したとしても、それは唐突でもなく当然の出来事だったと伝えておきたい。
バイオレットは「実際にはカエデと私は友人だよ。この世界でカエデが他人行儀なのは悲しい」と語っていたが、私がタツキと密会のように手話について教わっていたのがバレた時、カエデはそれは許せないとして多くの人間を集めて勉強会を開いた。それにはルージュのほかにルカ、ハロルド、ピエレッタなどなどおなじみのメンバーが誘われ、バイオレットはカエデに腕を抱きつかれながら勉強会に無理やり連れてこられていた。
「もうちょっとバレないよう立ち回って欲しかったな」と私に小声で伝えたが、すぐに周りの輪に加わった。表情は基本的に笑顔であったが、どこか悲しそうだった。
/魔王との入れ替わり
ドッペルゲンガー現象という事象が現実にある限り、いつまでもバイオレットは活動出来なかった。彼女はオーケストラの部員の1人に指揮法をつねに指導していて(つまり、彼女が本来ゲーム上の指揮者だった)、文化祭の数日前に学園から失踪してしまった。彼女がその場にいるわけには行かなかった。
失踪する直前、バイオレットは私の両親の部屋にやってきた。
「本当に、可能なら私が直接タツキとルージュを守りたいよ。でも下手に事前に2人にネタバラシして分岐が変わってしまったり、魔王化してしまった私が不測の行動を通ってしまうことはそれこそ避けなければならないんだ。だから、君と……ルカに、ポンで自己中の悪人でも、自分で落とし前をつけると決めたらやる女のルカに……託すよ。シナリオを君と確認して、実際のタツキの攻撃がそれてしまった要因が不慣れな会話による誤訳であったことは確認したね? ……きみとタツキがしくじらないことを祈るまでだ。
まあ……いざとなったら、私自身が半壊してでも魔王の前に立つことを選ぶけど、私が壊れないように五百城は手筈を守って立ち回って欲しい」
「任せて。ゲーマーとしても、この世界のミカ・イオキとしても、タツキもルージュも死なせない」
あと数日で、文化祭当日。
/結末まで
前章までに、ゲームのシナリオ上タツキを誘導して魔王と囚われのルージュのところに行くまでの筋書は記した。だから、再度そこまでを綴ることはここではしない(今後長編を書くことが出来たら、演劇の細かな進行や微細な違いを記したいと思う)。地下の霧空間で魔王と対峙したところから綴ろう。
タツキは、"今度こそ"私の意図を汲み取ってくれた。タツキを中心にアナログ時計台もして数字で魔王の方角を示した。その方向へ、投擲がなされた。槍は確かにルージュに触れることは無かった。しかし、槍は魔王を捉えることも無かった。
ルージュが魔法を使って、魔王の位置を微妙にずらしたのだ。
「ルージュ、どうして……」驚きの声をあげたのは、タツキだけでは無かった。魔王自身も、自分を恨んでいるはずのルージュが助けたことに目を丸くした。
「君がどうして魔王にならなければならなかったのか、俺にはわかってしまったから」ルージュは魔王を助けたかったのだ。ゲームの方で魔王が涙したのは、本当は『主人公の過ち』で投擲が逸れたのではなく、ルージュが庇ったことに気がついたから。有り得たかもしれない人間としての生活が魔王も目に映って、涙したのだろう。
「ミカ、タツキ、こっちだ!」ルカ・ドラゴネッティは本来この場面に居ないはずだった。しかし今、魔王に背後から覆いかぶさって、身動きを止めていた。
「それって、ルカごと撃てってことじゃ――」
私が疑問をぶつける前に、ルカは叫んだ。
「魔王……バイオレットを逃すと絶対別の世界線まで飛んで復讐するか、その世界のバイオレットと入れ替わろうとするはずだ。私はこの魔王を作ってしまった張本人だからわかるのよ! それはさせない……いいから!私ごと貫くのよ!」
「(あなたは現実の世界からきた魔法使いなのだから、ここで死ぬことはあなた自身の死でしょう?)」と頭では湧き上がった疑問を、引っ込めた。そんなことはとうに承知で、ルカは身を呈しているのだ。「タツキ、12時の方向、もう一本、槍を投げて」
霧が晴れていった。倒れた2人という構図はゲームと同じだった。ただ、人物は女性2人に変わった。バイオレット・ガーベラとルカ・ドラゴネッティ。
その後、このゲームの世界はだんだんと消えていって、私は日本の賃貸で倒れていた。
私は失踪扱いになっていたので、警察を巻き込む騒ぎになったのだが、すぐに多世界転移管理局がやってきて、そちらの魔法世界線にしばらく厄介になった。
ルカの死去が確認され、管理局として色々と事情聴取せねばならなくなったのだ。基本はバイオレット・ガーベラも監視があったため私の処遇に問題はなく、ここまで記してきた私の経験を淡々と語るのみであった。
ドッペルゲンガー現象が理由で関わることのできなかった『この世界線の』タツキドラゴネッティは非常に複雑で苦い表情をしていた。ルカとはあまり干渉しないようにしていたし、直接的な姉妹仲でも無かったが、それでも最後はこの魔法世界を思って見を呈したことに感傷的になっていた。
私がゲーム中ずっとアプローチをかけていたカエデ・フイユは私に会うと苦笑いを浮かべた。玉砕覚悟で彼女へ告白をすると「この私はレズではなくノーマルだよ。でも、友達からはじめることは構わない」と言ってくれた。
今は……今も友人として、彼女との交流は続いている。私、イオキミカとしての物語は、この魔法世界で今も続いている。
ゲーム世界が消えたのは、私がそこで終わりと思えたから、らしい。エンドロールまでは魔道具化したゲームソフトによって強制的に仮想世界が続いていたが、それをすぎた今、権限がプレイヤーであった私にうちったのだろうということだ。この現実の魔法世界の登場人物は、ゲーム世界が消えたことによる影響はない。
バイオレットとともに事情を知るルージュ・フイユは私に感謝の言葉をひっきりなしにに並べた。
「君がゲーム内の私を庇わなければこんなことにはならなかったんだぞ!」バイオレットは言う意味のないルージュにやり場のない叱咤をした。
「でも、だからこそ『ああ、あれは俺自身だな』と思っちゃったわけで」ルージュはバイオレットにそういうと、バイオレットはフードを深く被って、小声でいった。「それでタツキを悲しませるなんて。許さないから。私は2人を応援してるんだ」