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クラスメイトは異国の魔王 ⑤




   /観て、触って、伝えて




 バイオレットの演奏は魔術を含んだものだった。私が執筆した、ということになっているゲームの主人公が用意した台本を元に、バイオレットは場面場面の旋律を組曲化して演奏していた。


 音楽魔法の効果で、実際には歌声やナレーションとして語られていない情景がまじまじと実態が伴って眼前に現れた。

 東洋の龍が土地から災厄を守り、人々は龍を拝んだが、やがて龍は月へと昇っていく。別れを惜しんだ人々への手向けで、不要になった体の部位である耳を海に落とし、タツノオトシゴととして繁栄させた。時折、タツノオトシゴは龍になり、勇者に力を貸して悪者の退治に助力した。


 ……。


 不意に、実態のあったイメージシーンがぼんやりとして言った。

 勇者に選ばれた竜騎士が演劇に入り込んだ"私"に話しかけて来たのだが、何を言っているかまるで分からなかったのだ。言葉が通じず、集中力が切れてきて、音楽魔法によって作られた仮想世界は霧がかかるようにだんだん不鮮明になり、気がつくと演奏は終わっていた。


「このままじゃあ、未完成だよな?」

指揮者バイオレットは楽団員に話しかけたが、その言葉が私に向いていたことはよくわかった。「そもそもろう者の物語を歌劇で表現するというのは色々と不都合があるだろうから、今後はダンス部の人らや手話通訳士と話を交えて舞台が作られて行くことになるだろう。そういった意味では私たちは脇役だ。しかし、同時に健聴者たちに物語を鮮明に伝えるなら私たちの存在は有意義だ。忘れないように」


 入学1年目のバイオレットは「リーダー」としてあまりに貫禄のある振りまいをして、楽団に各自パート練に戻るよう伝えて、再び私のところに来た。


「五百城、実際のゲームのイベントに比べて、発生日が1ヶ月ほど早くなってるのに気づいているか?」


「もちろん」


「では、その意図も?」


「早めにイベントを消化することで、ルージュ生存ルートへの攻略の道を何とか見つける猶予が欲しいから?」


「ちょっとぼんやりしているな。もっと具体的かつ明瞭な理由で早くしたんだ。きみ、ノベルゲームというのは……もっというと、文章ベースで進む物語というのは、実際には描写されていなくても『こうなった』と断言して進めれば『ああ、そうなったんだ』と納得して、話が進んでいくよな?それは良い作用もあるし、この場合はきみは悪い方に流された」


「もったいぶった言い方だね」


「少し皮肉を交えたいんだ。だからもったいぶった。

 きみ、ゲームの残り期間で、ゲームでは『自動処理』された手話をどう身につけるつもりだったんだ? まさか適当に舞台設営の間に身につくと思ったのか? 君がタツキ・ドラゴネッティとのサシの会話に失敗したことが原因でルージュが死んだことに気づいていないのか?」



 私は酷く動揺した。自分で物語を綴っていながら、推しゲームだと言って何周もプレイしていながら、そして学園生活で何度も話す機会がありながら、まるでタツキの話す言葉を少しでも気をつけようと思った心が自分に無かったことに、自分で驚いたのだ。私はただただ、ゲームのイベントのひとつの、面倒くさい謎解き試練として彼女との意思疎通パートがあると考えているだけだった。


「(私にとってここはただのゲームの再現なのだから、興味のない人物にまで気にかける必要はない)」喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。酷い言い訳だ。実際、タツキという女性を自分は性的消費物として、かなりお気に入りだったのだ。恋愛ルート攻略でもカエデ・フイユとタツキはかなり硬い友情で結ばれていて、大事な要素だった。


 バイオレットがいった「ノベルゲームは実際の描写がなくても断言すればそれで話が進む」という言葉はものすごく身に覚えがあった。だって、私が主人公を模倣して書いた劇台本がまさにそうだから。



 言葉を発してなにか返答しようにも何も声をだせなかった。バイオレットはただ私を無表情に見たあと、書類を渡してきた。


「ゲームそのものを起動して遊ばれちゃうと、仮想世界が何層にも重なって面倒くさいことになるから。この書類の文章はゲームの『シナリオログ』だよ。改めて今後の展開を予習して、悲劇が起こらないよう立ち回ろう」




   /タツキと足崩床




 文庫本とシナリオログを受け取った私は、寮の自室で1晩中文章を読みふけった。この日に発生するイベントは本来なく、ルカとバイオレットはタイミングを見計らって渡してくれたのだろう。


 まず、文庫本のうち私が知りえていななかったエピソードを読んだ。『タツキと足崩床トランポリン』という章だった。


「タツキ、――日本において辰月――、の両親と姉は物心着いてすぐあたりで交通事故で死んでしまった。遠い親戚の家に預けられたが、ほとんど野放しにされていた。

 彼女は聾者だが、聾コミュニティに入れて貰えなかった。10代半ばになった時、自力で入らなかった、もしくは入れなかったことの責任は辰月にあったと言ってしまって良いのか?それは言及しないでおこう。とにかく、彼女は孤独だった。

 トランポリンをするのが彼女にとっての心の慰めで、よく心を無にして飛んでは宙返りをしていた。しかし、このようなアクロバットを無心……プロアスリートがゾーンに入るタイプの無心ではなく、文字通りぼーっとすることだ……で行ってはならない。彼女は静寂の空間の中、空中で姿勢を崩してしまった。結果トランポリンの網ではなくサイドの硬いところで着地してしまった。

 トランポリンのクラブで彼女は引っ込み思案であり、浮いていた。コーチなどは建前では重症を負った彼女たち心配したが、ほかのクラブ生徒や、辰月自身へ、『監督不行で非難される可能性』についてずっと文句を垂れ流した。クラブの生徒はコーチ側についた。

 辰月は松葉杖をついて、あまり外出出来ない暮らしを送っていたが、聾者であるために上手く福祉を使うこともできず、周りの助けを得ることもできず、さらに道端で見かけた聾者の明るい人々の会話を眺めて、さらに心を暗くしていた。

 彼女にとって音は鳴っていないが、足を痛まないように庇って、ただベッドの上でぼんやりトランポリンで跳ねてる夢想をして過ごした。一定のリズムを全身で感じた気がした。

 そのころだろうか、彼女は『姉」の姿を見るようになる。姉は辰月に話しかける。

『足、直してあげようか? ついてきて』

 ――ついてきて? どこに?

 タツキは幽霊を見る心理を図書館に行って探した。いわゆる震災に巻き込まれて遺族が死んだ人たちは、『直接遺の姿は見えずとも』物音などで家の中で亡くなった遺族の存在を間接的に感じたり、夢に出てなにか言伝してきたりするのだという。いわゆるサバイバーズギルトという、生き残ってしまったことへの罪悪感の緩和反応で、これによって死者の魂を身近に感じて安静を保ったり救いを得たりするという。

 しかし、どうにもその類の話とは思えなかった。そもそも間接的に出てきていない。辰月に姉が直接視えてしまっている。しかも『足を治す』とは、医師でもない彼女が話しかけてくるとは何事だ。

 だんだんと行動力を取り戻しながら、この世界の生活に嫌気がさしていた辰月は、姉の言動に乗っかってみる気になった。つまり、足を引きずりながら姉の見えるところに近づいて、姉が消えたところでまた遠くに出現するのを待って、あとを追ったのだ。途中で『立ち入り禁止』の看板に気がつけなかった彼女を、遠方から注意するグループがあったが、その中にトランポリンのクラブの生徒がいた。『話しかけても意味ないよ』と言ってグループは諦めて辰月を見送った。

 以後、日本で辰月を見たものは1人もいなかった(短編『龍の落とし子』に物語は続く)」

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