クラスメイトは異国の魔王 ④
/仮想世界
「なぜ4月に話しかけなかったかと言えば、私は単純に『この世界』に入り込んでしまった人間がだれか分からなかったからだよ」
バイオレットは管弦楽部の部室で、指揮台の上に登って、手すりに寄りかかりながら彼女の立場を話し始めた。譜面台から、楽譜ではなくノベルゲームのパッケージを取り出して話を続けた。
「このゲームの作者は『ルカ・ドラゴネッティ』なんだ。そう、文芸部の部長だね。しかし、NPCとして彼女と私だけが"現実"の役割と違う立ち位置に配置された……。
つまり、この世界は『ゲーム世界が具現化した空間』なのだが、それはそれとして、このゲームのもとになった魔法の世界線は別に存在するんだよ。とあるイレギュラーが起きたことで、ゲームの世界が『実態化』してしまったんだ。
ほとんどの場合、バグ修正パッチとして配布したりリコールして何とか回収したんだ。修正前は、何十回とストーリーを周回すると、だんだんとカセットに魔力が溜まって言ってしまうという重大な欠陥が見つかった……」
私はだんだんとこの世界の解像度が上がっていく感じがした。「……ルカ・ドラゴネッティはお気に入りのキャラクターだったんです。バグ修正あとは彼女の存在がなくなってしまっていて、とても受け入れられなかったので」
「ルカが聞いたら喜びそうだね」バイオレットはパッケージを譜面台に投げて、隣においてあった文庫本を取り出した。「もしかしてだけど、きみ、この前日譚ノベライズ読んで無いだろ」
「……本編のバグ部分のネタバレがありそうだったので、先にゲームのルート回収を完了しようと……」
「ゲーマーとしてのきみの姿勢を批判することは出来ないな。ただ結果として、こちらの防衛策虚しく、このゲームは魔道具と化して、ひとつの仮想世界を作り出してしまった。プレイヤーかつ主人公である五百城ミカ、きみを巻き込んでな」
「4月に私に話しかけられなかったというのは?」
「きみ自信が気づいているか分からないが……このゲーム、主人公の立ち絵が描かれないタイプだろ?そして男女を選択でき、名前は入力しなければランダム生成される。そして、魔法の専攻が大きく2つのルートに別れている。
つまり、『主人公候補』がクラスに4人いるんだよ。男性2人、女性2人。2人のうち、魔術コースを選んだ人物と、一芸コースを選んだ人物に別れる。4人とも名前も見た目も違う。ゲームのシナリオは、この4人が共存しても瓦解しないプロットである、――ほんと、ライター能力は高いね、ルカは――、ということで、下手に4月時点から話しかけてゲームと違う展開になることで起こる"不測の事態"を恐れたんだ。これが私が話しかけなかった理由だ」
「やっぱり、魔王だったんだ」
私が魔王という名称を出すと、先程までの無表情な顔色から、苦虫を噛み潰したように変化して私を睨んだ。
「今後私をそう呼ぶな。魔王というのはルカ・ドラゴネッティが買勝手に付与した属性だ!!」バイオレットは譜面台を叩いた。
「……肝に銘じます」一息おいて、私は質問を投げた。「なぜ今までのゲームのルートと変わってしまったかの説明はわかりました。そもそもあなたがゲームに入り込んで私と接触しようとした理由はなんでしょうか。私の予想では、私をこの世界から元の世界に戻して、この仮想世界を消そうとしている……違いますか?」
ここでバイオレットは私の予想を肯定したので、問答が起こり、また一悶着あった。しかし、彼女が語ったより深い部分の理由を聞いて、私は口を噤んだ。
「ルカ・ドラゴネッティはタツキの親族だ……いや、実際の関係は色々ややこしいのだが、少なくとも年下ではない。実際にはタツキの『姉』だ。そして、かなり自分の欲求に率直な女だ。欲求や探究心のためには悪事を厭わないし、軽率な行動を起こして周りに迷惑をかける」
話している途中でオーケストラ部の部員が集まってきた。想定より何倍も長話になってしまったようで、部員たちが不安そうにバイオレットと、話相手の私を観察した。
「気にせず準備を続けてくれ」バイオレットは部員に2、3指示を出したあと、私に向き直った。「ちょっと部員に聞かれないくらいに距離をとろう」
演奏壇上からから観客席にうつって、2人並んでオーケストラの部員たちの準備光景を眺めながら、バイオレットは話しを続けた。
「五百城、きみはドッペルゲンガー現象を知っているか?」
「確か、ゲームの設定資料に乗っていたと思います。『この世界はいくつもの世界線に行き来できるようになっているが、別世界線の自分と至近距離で同一空間にいると具合がだんだん悪くなり、最終的には身体が互いにボロボロになって崩れ死ぬ』と」
「そう、正解だ。でも、直接会わなくても、間接的に色んな人間が世界線をまたいで干渉してるような気がしているだろ? それに、別世界線の自分と結託すれば、運命を変えられたり、擬似的な分身行為ができたり色々と『美味しい』ことができそうだなんで思うことはないか?
もっと言うと、世界線を行き来できるなら、この世界線の自分が死んでしまっても『命のストックが沢山ある』ように見えてしまっているんじゃあないか? ゲーマーならその考えに納得しやすそうかもな」
バイオレットは私の様子を伺った。何も言わないので、彼女は説明を続けた。
「実施は違う。別世界を観察して、その世界線の自分を見つけたとする。もちろん、『自分自身』と『もうひとつの世界線の自分』がもはや別人もような運命を辿っていることもある。環境や経験の違いで違う思想に行き着いていたり。私はこのタイプだ。ゲーム世界の私は……魔王とか言われるラスボスをやっているが、私自身は違う。フィンア帝国の統治者だが、恐怖支配なんてしない。ルージュやタツキとともに国の治安を守ったり、人間としての人生を送っている。
私の場合は問題ないのだ……問題は、別世界の自分が、自分自身と『変わらない・ほとんど違いがない』と認識した場合なんだ……。
そうなったら、2つの世界の同一人物たちは実際に『運命共同体』になる。片方が死んだ場合、もう一方も死ぬんだ。残基になんてできないよ。私の言いたいこと、推測できるんじゃあないか?」
私はゲームのシナリオをぐるぐると考えて、気づいた。
「ルージュ・フイユがゲームの中だけじゃなくて、実際にあなたの友人のルージュも死んでしまう?」
バイオレットは頷き、指揮台の方に歩いていった。
私はしばらく呆然として、ただ楽団たちの活動を眺めていた。