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怪盗淑女シャルロット・クルーガーの逮捕

登場人物


レギュラー:

◇タツキ・ドラゴネッティ - 竜騎士 一人称ボクの女性 語り手 ろう者(耳の聞こえない人)。

◇ルージュ・フイユ - 魔法使い ナルシストな男性 多世界転移管理局のエージェント。

◇バイオレット・"ビオラ"・ガーベラ - フィンア帝国を支配する魔族

New!◇シャルロット・クルーガー - 宝石と芸術が好きな怪盗 ツインテヘアにゴシック衣装を纏った女性。

 フィンア帝国の年に一度の祭りである『彫像祭』の悲劇から1年が経過したころ、『レリーフ化』されていない彫像が盗難被害に度々晒されていた。


 今一度ここで読者に『レリーフ化』とはなにかを説明したい。知っていれば次の段落に進んでくれて構わない。レリーフとは、彫刻の一形態である。硬貨を想像するとわかりやすい。各国のお偉いさんや、国のシンボルの建築物、花などが微妙に盛り上げて彫られている。これは『ローレリーフ』でかなり、もう少し浮き上がったレリーフは……ちょっとマニア向けの説明になるが、電子機器を操作するマウスのパットにキャラの肖像を描き、胸部や臀部に膨らみを持たせたグッズがあるだろう? おっぱいマウスパットなどの名称がついている。あれの彫刻版かつ、イラスト部分も胸部と同程度に浮き上がっていると想像してもらえれば、レリーフの特徴を文章からでも想像しやすいと思う。






 彫像の盗難被害は延べ30件に及んだ。この盗難被害に、ある大怪盗が関わっているとフィンア帝国内では噂になった。




 怪盗の名は『シャルロット・クルーガー』。

 彼女は高価で芸術的な美術品、――宝石は美しく加工されたものを芸術品として愛でていた――、を専門に盗む怪盗であった。忍び込む時はゴシックロリータと軍服を融合させた衣装に身を包み、ヴェネツィアンマスクを愛用して素顔を隠していた。髪色は灰色気味でハーフツインに縛っていた。彼女に盗み出された芸術品は数しれず、被害現場に書き置きが残されることもあった。文言は概ねこのような言だ。


『この芸術品は私の個人的な美術館にこそ相応しい』


 ほとんどの場合金持ちから盗み出していて、定期的に美術館や慈善機関への募金なども行っていたから、民衆の中には彼女を『義賊』として崇拝するファンもいた。


 フィンア帝国の彫刻祭は何世紀に跨る祭りであり、彫像の保管場所問題が四半世紀は問題になっていた。レリーフ化はその解決策であったが、それでもある程度場所を食ってしまうのは変わらないため、彼女の活動はある意味で人助けになっていた。


 しかし、彼女の盗賊行為で不幸になっている人もいるのは事実だ。特に正義心で彼女を追う者の親族誘拐や脅迫、後遺症の出かねない眠り薬の乱用、死の偽装のために死体盗難と死体遺棄などなど……とても『弱者の味方だから目を瞑ってくれ』と言われても許容できる範囲を超えていた。結局のところ怪盗淑女シャルロット・クルーガーが第1に自己満足で美術品の強奪を行っており、あまりもののおすそ分けで慈善事業で募金などを行っていたのだ。


 え?「人は誰しも迷惑をかけるし、やらない善よりやる偽善」だって?


 そういう言葉の議論は更々する気はない。それより主題は『彫像盗難はシャルロット・クルーガーが犯人か?』というところだ。




   *      *




 一旦、怪盗シャルロット・クルーガーから、話題をフィンア帝国の統治者バイオレット・ガーベラに移したい。


 彼女は『他称魔王とルージュ・フイユ』の事件以降、人間が彫像の材料に使われてしまった事件を放っておくことは出来なかった。前フィンア帝国の闇として、事件は大々的に公表された。


 バイオレットが統治者として、――当時は"魔王"と称されて――、君臨する以前から人間素材の彫像が生成されていたことは、もちろん悲惨だ。ただこの事実は前政府批判と、民衆の一定層がバイオレット統治臨時政府を受け入れる心情に傾けさせるきっかけになった。


 彫像工房のうち、前政府の支援を受けていた工房は一斉に捜査されることになったのだが、表向きはクヴァンツ王国の『多世界転移管理局』が"主戦力"として介入していることは知られたくなかったし、国家運営の建前としても避けるべきだった。そのため、比較的複数国家が介入して運営されていたセントラル魔法大学出身の騎士や、フィンア帝国の民間冒険者協会の人員を元に、司令部を管理局の局員が数年間束ねるという方針でフィンア帝国騎士団が結成された。ボクは騎士団の『バイオレット城直属騎士団』の団長として、バイオレットと管理局の仲介役として彫像の大規模調査を行っていた。


(ボクはもしかしたら竜騎士というより竜戦士の方が合っているかもしれないという余談を前巻で話したが、この時期の肩書きはまさしく竜騎士であった)





 そんなこんなであったので、翌年の彫刻祭は数十年ぶりの中止になった。翌年1回だけで、翌翌年には再開するてはずだったが、それでも民衆は意気消沈していた。






 怪盗シャルロット・クルーガーはそのタイミングでまことしやかに活躍が噂されはじめた。民衆にとって彫刻が題材の彫刻祭に代わる一代娯楽にまでなっていった。






 まだ騎士団の彫像調査は完全に完了していない。その段階で彫刻家が作品をわざと軒下に配置して、「騎士団様がお守りしてくださる! 大怪盗シャルロット・クルーガーに盗ませるな!(という建前をつくって怪盗と騎士団の対決が見たい)」と宣伝する工房まで現れる始末だ。その時のバイオレットの「人間ってやつは……」と頭を抱えた姿は未だ鮮明に覚えている。きっと彼女の出自を聞きかじった程度の画家に肖像画を描かせたら、あの場面は真っ先に描写の候補となるだろう。






 騎士団として怪盗騒動は無視できるものではなく、盗難の被害にあった工房などを元に調査を続けたが、芳しい成果はえられなかった。


 世間も本来の彫像祭の期間を通り越して、そろそろ鳴りを潜めたかと思うタイミングで、とある新聞社に「怪盗淑女シャルロット・クルーガーによるレリーフ・芸術論」という批評が突如掲載された。この批評は事実上の犯行声明文だとして、賑わいを取り戻すとともに、政府や彫像家への進言を行っていた事で、そこまでバイオレットが「シャルロット自身」へ抱いていなかった関心を向けざる負えない状況になった。


 以下に要約を掲載する。




題:『レリーフ化魔法の乱用は芸術の堕落だ』シャルロット・クルーガー


 保管場所問題により、人の手によって彫り生命を宿したレリーフを無惨な姿にかえている。芸術というのはそういった《自動化》から脱しなければならない。

 特に腹立たしいことは、レリーフ化の魔法が《不可逆》であるという点だ。特にレリーフ化魔法が制定される前に制作された優れた彫刻が無惨な姿に押しつぶされてしまうのはあまりに忍びない。

 諸君らはテキトーに翻訳された誤訳まみれの機械翻訳を嫌ってきたはずだ。同じことが彫像→レリーフの変換で起こっている。

 ……しかし、時代は移ろいでゆくものだし、自動化の恩恵を一部受けて創作された、優れた芸術があるのもまた事実だ。氷像はそもそも一時的な儚さを備えた彫像であり、大理石による彫像もその儚さに加わったのかもしれない。

 であるならば、その時代に合わせた提言をしよう。自動化に全てを任せるのは、人間の芸術の営みとして全く許容できない。レリーフ化魔導具で100パーセントの圧縮をかけるのでなく、50%程に留めて、残りは彫刻家たちの新たな《課題》とするべきだ。過去にレリーフ化されてしまった作品たちも、まだ修繕の間に合うレリーフが沢山あるはず。

 政府は、このレリーフ製作及び修繕を今年の《彫刻祭》のテーマとして掲げれば良かったと思う。昨今の人間材料の調査の邪魔にならないどころか、彫る過程で人間が中身であると気づくかもしれない(これは、心臓の強いものにしかおすすめできないが)。もちろん、現行政府への批判というわけではない。バイオレット女史は腐った前政府からフィンアを立て直すためてんやわんやであろう。だからこそ、私が提言をするのである』




 この提言には政府からの公式声明前に多くの賛同者を集めた。こうして、過去自動的にレリーフ化された彫像の修繕と、新たな完全立体彫像の『半自動レリーフ化』が始まったのである。

 

 ボクやバイオレットも、シャルロット・クルーガーへの反感はありつつ、彼女の案そのものを否定する材料を持ちえていなかった。心情的には止めたい気持ちがあったが、実際有効に思えたので、黙認する方向になりかけていた。






 しかし、ある人物の緊急声明によって、事態はさらにひっくり返る。




「今すぐ……今すぐレリーフ化作業を全土でやめさせるんだ!」


 息を切らせてバイオレット城にやってきたのは、ルージュ・フイユである。ボクは彼からの連絡を受けて、管理局のあるクヴァンツ王国から城までワイバーンで彼を運んだ。



「彫像化された人間の中に――」ルージュの発言はバイオレットや騎士団の多くを曇らせた。そして緊急事態となった。「――悪趣味にも生命維持装置を装着されて、生きている人間が何人かいることがわかった! だが、レリーフ化されると確実に死ぬ。身体が圧縮されて壊れるからな! また、彫像を上手く剥がしたあともすぐに救急治療をしなければならない。この間、岩の中から助けられた人間の一報を受けて、よくよく調査したら彫像化の魔法により岩に覆われていたことがわかったのだ。生命維持装置は……何と運命のイタズラを感じることだろうか、おおよそ1年を限度にしたらしい。ここ数日で、最後の生き残りの運命が決まる……」


 このことを聞くや否や、騎士団全員に伝令され民衆へ通知、またひっきりなしに空中をワイバーンやグリフォンが駆け巡り拡声器で中止を三日三晩呼びかける事態になった。





 翌日、怪盗シャルロット・クルーガーが汗をびっしょりと流し、髪を全く整えず、怪盗としてのメイクも汗と涙で崩れた中、懇願するようにバイオレット城にやってきた。


 言葉をつまらせながら言った。「私の処罰など後回しでいい。逃げない。今までの財宝のありかを教えるから、彫像の中の人間を助けてくれ……まだ子供なんだ。3人いる。私1人じゃどうしようもできない」




 地図に記された廃墟に騎士団と救護班が向かい、懸命な救護活動で石化された子供たちは救助された。


 子供たちは石の中からシャルロットの活動を観察できたらしい。シャルロット・クルーガーは高説を垂れながら彫像の中の子供が生きていることに気づけず、また自らの手で殺してしまいそうになっていたことに意気消沈していた。子供たちへ項垂れて謝罪の言葉を何度も投げていた。





 これが『怪盗淑女シャルロット・クルーガー』が起こした最後の活動である。子供の安否が確認されたあと、彼女は逮捕された。


 バイオレットは非常に彼女の処罰を扱いにくそうにしていた。一歩違えば死刑も有り得た彼女のこれまでの活動は、救護された子供たちの許しによって恩赦という形で減刑されることになった。


 騎士団員の多数の認知は「怪盗淑女は『さすがに殺人はしたくない』という思想の中八方塞がりで、どうしようもなくなった結果、逃亡もできず逮捕された」というものであったが、ボクはそうは思わない。バイオレットも同じ考えだ。


 彼女は我々に財宝と彫像の在り処を教えたあと、いくらでも騎士団の目をかいくぐって逃げることはできただろう。ただ、彼女の気質、思想が、それを許さなかったのだ。彼女を減刑したバイオレットは、このことも考慮に入れていただろう。




 現在、シャルロット・クルーガーは比較的制約のゆるやかな施設内で暮らしている。ときおり、彫像から助けられたかつての子供たちと面会している。

もし、文章の体裁に違和感を覚えた読者がいたら、前投稿の『バイオレット城騎士団の思い出 前文』を確認して頂きたい。

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