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ドッペルゲンガー:異世界転移は人攫いの手段  作者: デューク・ホーク
【第1章】異世界転移の悪用:人攫い
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曲芸師の師弟 ③

「1時間遅れでサーカス会場に来てみたが……うーん。やはりもう曲芸の披露は終わってしまったようだなあ」


 ルージュとボクはテントの入口から中を覗いてみたが、舞台上に人の気配はなかった。


「仕方ない、帰るか」と言って芝生を通って管理局の方向へ歩いていると、芝生に体育座りしてる真澄を発見した。


「あ、真澄がいるね。話しかけてみようか」ルージュは言った。


 どうにもボクには黄昏ているようにみえたが、はたして予想通りであった。

 

「やあ真澄くん、どうだい劇団の方は」


「えーっと、管理局のルージュさん。どうも」


 真澄はボクの方にも会釈したが、名前は呼ばなかった。……そういえば、初日のスピード入団で自己紹介するタイミングなかったな。


「浮かない顔だねえ。今日は演技の披露会と聞いていたから、間に合えば仕事の休憩中に観ようと思っていたが、一足遅かったか」


 ルージュは気さくさを心がけて真澄の隣に座った。


「ははは……観なくて正解かも」


「なに、しくじったか? でもまだひと月経ってないし、そんなに重く考えることかなあ」


「……魔法も使えないし、やめようかな」


 様子を伺うに、結構自信を失くす出来だったらしい。


「え、なんだよやっと上手くなってきたのに」


 後ろからする声に振り返ると、スワンともう1人(すぐにベンジャミンセンというバーテンダーだとわかった)が曲芸の道具を持って練習しに来ていた。


「なんで黄昏てるんだよ、らしくない。話してみ?」


 ベンジャミンセンも真澄の相談に乗り、その場で発表会の演技を再演するように頼んだ。


「お。じゃあ俺らも演技観れるな、ラッキー」ルージュは音を発さずリップシンクでボクに伝えた。


 しかし、ルージュがにやけているのをスワンは見逃さなかったようで、小突いた。「劇団員じゃないから気が楽だとか思ってるんだろ? ほんとに退団することになったら管理局の管轄だからな」


「じゃあ管理局の点数かぜぎになるな。どっちに転んでも美味しいよ……棍棒投げるな!」


「演技の前に発表会の様子どんなだったか教えてくれる?」ベンジャミンセンが真澄に頼んだ。


 スワンはボクたちに、「私らも発表会観れてないんだよ。遠征の大道芸の依頼があったから」と付け加えた。


 真澄は話しはじめた。「1時間前、サーカスの舞台で初の新人演技披露会がありました。劇団の中堅どころが6人ほど並んでオレのジャグリングを観ました」


「『よし!』オレは、自己評価ではそれなりに成長していたつもりでした。ボールはまだ『個を30秒間落とさない』というほど維持出来なかったけど、一つの技を決めるのにミスなく終わらせるくらいは、できるようになってきてたんです」


「しかし、劇団員の先輩たちはたちはオレの演技に微妙な、人によっては失望の顔を浮かべていました。失望の顔を見間違えたりしません。オレが不安になって団員に評価を聞くと、歯切れ悪く、『まあ、上手くなってたよ』というばかりです」


 ボクらは曲芸の専門でもなんでもないので、下手なことは言えずその場で「なるほどなー」など当たり障りのない相槌を打っていたが、スワンには何やら心当たりがあるようで、苦い顔をしていた。


 そうして、芝生にみんなが真澄を囲むように座り、ジャグリングの演技披露がはじまった。






「(さっきよりは緊張せずやり切れたぞ!)」真澄はそう言いたげに演技を終えて汗を拭った。

(後に聞くと、実際良い調子だったそうだ)


 スワンとベンジャミンセンは顔を見合わせて、「「やっぱりね」」と声をハモらせた。


「やっぱり?」真澄が不安な表情に再び戻ってしまった。


「上手くなった! でもぜーんぜん面白くない! 鈍臭い感じでおどけたようにジャグリングしてた半月前の方が見物だったね!」


「『半月前の方が見物』……」真澄はベンジャミンセンの言葉を消え入りそうな小声で復唱した。


 キッパリ言うベンジャミンセンに対しスワンは、「まあまあ」とあしらった。


「劇団員もちゃんと批評してあげればいいのにね。ちなみに私はベンジャミンセンよりは演技を楽しめたぞ」


 スワンに「俺も」と傍からルージュが手を振る。ボクも実際『科学世界』で楽しんだ大道芸をそのまま観た感じだったので、手を挙げた。


 スワンは咳払いして、若干声色を柔らかくして真澄に語った。


「ジャグリングに関わらず、なにかを表現するってなると、大抵一度は通らなくちゃいけない道だと思うんだ。『個性が薄まる段階』ね。下手っぴの時ってさ、下手さで個性が出るんだよ。しかも本人が狙ってやってないことがほとんど。でもさ、観客として見てる分にはその個性の部分が面白いわけ。それで練習していくと、その"個性"は一旦薄まっちゃうんだよね。これはどうやったって仕方の無いことだ。ワークショップとかで、臨時で人に教えて貰うんじゃなくて、付きっきりで師匠弟子の関係で教え教わるなら、師匠側はそのことわかってなきゃいけないんだけどね」


「練習を続けて行けば、また面白くなれると」だんだん真澄の表情も緊張感がとけていく。


「続ければ、な! ここでやめちゃうと一番つまんない状態で終わることになっちゃうぞー」


 スワンと真澄がいい師弟のやり取りをしている横で、「劇団員の何人かはライバル減らすためにわかって黙ってそうだな」というルージュの小声の指摘に、ベンジャミンセンは笑って頷き肯定した。


 スワンは2人に「黙れ」と言いたげな視線を送って、話を戻した。


「前に話してくれたように『俺らみたいな曲芸師』を目指すか、『道化師』方向に進んで元々持ってた面白い動きを改めて手に入れるか、は君次第だけど。まずはとことん基礎練だよ! ほら言っただろ、30秒中1回も落とさずにボール7個を投げ続けること! そら!」


 スワンは真澄のボールをひったくると、芝生の中央に乱暴に放り投げた。真澄が走って取りに行く。


「魔法なしにボールを7個投げ上げるって、本当はすでにめっちゃすごいんだけどね」


 スワンの言葉にルージュも頷く。


「けど、クヴァンツ王国1のサーカスの名門では、客の目は肥えている。まだまだ足りない……どうするんだ?」


「ま、ルージュに仕事を奪われるのは"癪"だから、次回の披露では私も参加するよ。知ってるか? 魔法がなくても、複数人で投げ合えばボールを横方向にジャグリングできるんだぜ。ベンジャミンセンも加われよ。そうすれば縦横の線だけじゃなくて『面や立体』で軌道を描けるからな」


「えー、めんどいなあ。でも、保守的な団員を黙らすにはちょうどいいか」


 そう言って、スワンとベンジャミンセンも真澄の練習に加わっていった。




   *      *




「毎日、これが管理局の仕事だと平和なのにねー」ボクは帰路でルージュに言った。


「え、絶対さっきのテンションに引きずられてテキトーに言ってるでしょ。平和感を求めるなら管理局員にはならない方がいいぜ」


「まあ……しかもボクは竜騎士との二足の草鞋だし? でも、スリルある危ない仕事でも、目指すところは平和平穏でしょ」


 こうして、つかの間の爽やかな気分になれる光景を見送って、普段の管理局へ向かった。

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