曲芸師の師弟 ①
登場人物
レギュラー:
◇タツキ・ドラゴネッティ - 竜騎士 一人称ボクの女性 語り手 ろう者(耳の聞こえない人)。
◇ルージュ・フイユ - 魔法使い ナルシストな男性 多世界転移管理局のエージェント。
本話ゲスト:
◇真澄 - 異世界転生者 サーカス入団希望者
◇スワン - サーカスのパフォーマー
◇ベンジャミンセン - サーカスのパフォーマー
ここまで、7つの短編を執筆してきた。『曲芸師の師弟』の物語が、第1巻の最後に紹介したい"ドラマ"となる。
"ドラマ"と言ったのには理由がある。今までボクたちは明らかに人命に関わる悪意渦巻く犯罪に対し捜査をしてきた。
しかし、元の機関の名称を思い出して欲しい。我々は『多世界転移管理局』であり、世界線転移・異世界転生に関わる『管理・取締』を行う機関だ。
だから、時には――特に重大事件などを抱えていない時期には――重大事件を扱うルージュ・フイユの部署であっても、魔法使いが申請を出した「転生儀式」の調査・承認や、道端で困っている転生者に"この世界線"の紹介や仕事の斡旋などをすることもある。
短編集の最後には、そんな日常業務の中で立ち会った『ヒューマンドラマ』を紹介したい。
* *
「あの人、空中に繋げたロープ1本でバランスをとって、ボールを何十個も操って複雑華麗な軌跡を描いている! 素晴らしい『魔術』と『曲芸』の融合だなあ」
ルージュ・フイユは春になると、このサーカス会場に必ず足を運んだ。
ボクは「犯罪捜査以外の業務も数回体験しておくように」ということで、ルージュとともにサーカス会場に来た。
公立公園の一角に、人が千人ほど入場できる程の大きなテントが建てられる。
テントの隣では、
・ピクニック気分でレジャーシートを敷いて出来たての友人と昼食をとったり、
・フリスビーなどのレクリエーションをしたり、
・まだ売れていない演奏家が日陰でヴァイオリンを取り出して演奏したり――。
時折近所の幼稚園か保育園の園児たちが列をなして芝生に遊びに来て、日向ぼっこをした。
毎年春になれば数ヶ月催されるサーカス会場は、曲芸だけでなく民衆の憩いの場になっていた。
必然的に、『事故でこの世界に転生してしまった人』の最初の拠点にも……。
「確かに、異世界からこの首都『グリーンリッター』に迷い込んでしまったら、このフェスティバルの光景はまず目に映るだろうなあ」ボクは竹馬に乗った3mほどの足長巨人からバルーンを貰って、小脇に抱えていた。
「あんまり荷物増やすなよ。いざ転生者を発見した時に大荷物じゃ動きづらいだろ」ルージュは針を取り出してバルーンに向けた。
「うわあ、割らないでよ!? 実際に両手が塞がらない限りしぼむまで眺めるからな」
ルージュは苦笑いした。
……そう。魔法使い同士ならともかく、通常は手話や筆跡で会話するので、片手が埋まっているだけでも本当は良くないのだ。特に仕事中の場合は。
それでも、今はまだサーカス会場周辺の探索で具体的な「人助け」は始まってないので、半分観光だ。ルージュは肩を竦めるだけで、咎めなかった。
曲芸師の面々が観客呼び込みのためテント前でちょっとした芸をはじめた。道行く人々は、その大道芸の風景に大袈裟に感嘆の声をあげた。
「あれ見てすごい! 中華独楽だ!」
「あの人ジャグリングしてる。お手玉でいくつ投げてるんだろう。六、七個? すごーい!」
「あのボウリングのピンみたいなの、どれくらい重いんだろうね。空中にあんなに投げて、危なくないのかなあ」
そんな中、少しアンニュイな表情で曲芸を眺めるひとりの若者がいた。服装がこの国の民衆のものではない。
「ルージュ、あれ」
ボクが若者に顔を向けると、ルージュは頷いて若者の方へスタスタと歩いていった。
「まあ覚えるような難しい手順はないんだが、一応俺の振る舞いを見ててね」ルージュはボクに言ったあと、転移者であろう若者に話しかけた。「君、ちょっと道を尋ねたいのだが」
「あ……オレですか? オレもこの国には不慣れで、それに職を探している最中なんです」
「ん? ああ、それならさっきあっちの方で冒険者ギルドの出張所があったから、そこで仕事を探すといいよ」
〈こうやってこの国の仕組みを地道に教えて挙げるのも管理局の役目さ〉口話で若者と話しながら、片手でボクに注釈した。
ルージュがギルドの方に指さすが、転移者は、「ああ、そうですか、ありがとうございます」と歯切れ悪く言うと、またサーカスのテントに視線を移した。
「……サーカス観ていくの?」予想外の反応で、ルージュは少し小声で尋ねる。
「いやあ、こんな『コテコテの劇団』を見るの初めてで……もしかして、この劇団自体も求職してるんじゃあないかなって」
「え!? じゃあ」
「うん、オレ曲芸師になりたいんすよね」
* *
「珍しいこともあるもんだな。しかし、『魔力のない世界』からの転移者が『こちらの世界』で魔力を扱えるかは完全に時の運。視たところ、彼の周りに魔力はない……それで曲芸師が務まるのか? ま、何とかなるか」ルージュは言うと、ズカズカと転移者に近づいた。
「え?――」
転移者の困惑の発声をよそに、ルージュはその転移者の腕を掴むと、ズカズカとテントのスタッフ用入口に入っていった。
「え? え? いいんですかこんな勝手に――」
「スワン! いるー?」ルージュは知り合いを探した。
「おや、ルージュ、君職務中だろ。こんなところで油を売っていいのか?」スワンと呼ばれた女性が奥から出てきた。
「それがこれも職務でね。この人物が、サーカスへの体験入団を希望だよ」
「へえ、まじか、名前は?」
「あ、えっと、真澄です」
「よろしく、じゃあ早速劇団の説明してあげよう」
「うん、いい感じだな。あ、君……真澄くん、もし困ったことがあったらここまで連絡したまえ」
ルージュは「ルージュ・フイユ 多世界転移管理局 局員No.ABC……』と書かれた名刺をサッと転移者の真澄に手渡した。
ボクを手招きして劇団を後にした。